「まぁ!ライネはそんなことも説明していないのね?」
本当に驚いたのか、大きな水色の瞳が零れ落ちそうなほど見開かれる。
ミリアは何のことかわからず、ますます首を傾げる。
「だから、つまりね!私やライネは、この世界に夢を提供するわ。だけどね、その他にもうひとつ大切なことがあるのよ!つまり、その…」
レイシアは少し頬を染めると、その先を言い淀んでしまう。
何のことなのか先を促そうとミリアが口を開きかけたとき、広間の扉がゆっくりと開いた。
自然に視線をそちらに流すと、扉の入り口に青年が立っていた。
ライネのような柔和な雰囲気ではないが、物静かそうな青年だった。
ダークグレーの髪に薄い紫色の瞳。
どこか曇り空を連想させるような青年だった。
「まぁ!待ってたのよ、ハニー!」
レイシアは声をあげると、その青年に駆け寄った。
ミリアは何事かとその様子を見守るしかない。
「遅くなってごめんね」
青年は微笑むと、レイシアを抱きとめた。
そこで初めてミリアに気がついたのか、被っていたシルクハットを脱いで柔らかなお辞儀をした。
「こんにちは、お嬢さん。レイシアのお友達?」
どうやらレイシア以外にはあまり表情の変化がないのか、青年は僅かに目元を緩ませて微笑んだ。
ミリアは慌てて立ち上がると、ぺこりとお辞儀を返した。
「こんにちは、ミリア・レッドフィールドです…」
「セイドリック・パープルリバー、よろしくね」
柔らかな所作で手を取られ、優しく手の甲にキスを落とされる。
ミリアはドキドキしつつ、小さく頷いた。
セイドリックがミリアの向かい側に座ったのを確認すると、レイシアは元の椅子に腰掛けた。
そしてミリアとセイドリックをゆっくりと見つめるとにこりと微笑んだ。
「それで?何のお話をしていたのかな」
「それは…」
レイシアがまたもや頬を染め、ミリアの前のような勢いをなくす。
仕方なくミリアが口を開く。
「私…ライネさんからお手紙をもらって、ここに来たんですけど、その理由を聞いていたんです」
「あぁ…」
レイシアの顔を見て思い当たったのか、セイドリックがぼんやりと答えた。
「ライネから聞いていないの?」
レイシアと同じ質問を投げかけられ、困った様に首を横に振る。
「ええと、この世界に夢を提供する、というところまでは」
「なるほど」
セイドリックは頷くと、顎に手を当てて思案しているようだった。
ややあって、セイドリックは微笑むと、紅茶を一口飲んでから続けた。
「本当は、彼から聞くべきことだとは思うけどね。まぁ、君もなぜ君じゃなければならないのか気にはなっていたんだろう?」
「それは、まぁ」
「…これはね、必ずしもそうじゃない、とだけ言っておこうか」
ミリアはごくりと唾を飲み下した。
何故だか、聞いてはいけないような。急にそんな胸騒ぎを覚える。
「つまりね、夢を提供するのは確かに必要なことだ。だけど、この世界のものたちに対して僕たちは所詮人間。孤独だ。そこで、ある特定の条件のもと、相手を呼び寄せてもいいことになっているんだよ」
相手―…それはつまり何なのかとミリアは首を傾げる。
「…フィアンセさ。まぁ見つける方法はいろいろあるから説明は省くけどね。つまり、僕やライネはこの世界で連れ添ってくれる相手を探していたわけだよ」
まぁ、彼はどうかは知らないけどね。そう付け加えて、セイドリックは微笑んだ。
要するに、ミリアがライネに呼ばれた理由は―…そういう理由もあるのではないかとセイドリックは言っている。
「わ、私そんなこと…」
ミリアが戸惑って声をあげた。セイドリックは微笑んだまま頷く。
「ライネが何故言わなかったのかはわからないけどね。まぁ、彼のことだから、元々君を呼んだのはそういう目的じゃないってこともあるけど」