姫路の呟きを聞き、紅蓮は神経を研ぎ澄ませると、姫路から感じる神聖な力が薄れていくのを感じた。
紅蓮が何か言おうと唇を開いた瞬間。紅蓮の後ろで揺らめいた男の姿に姫路は目を見開く。
「桃太郎、殿……」
姫路の呟きに紅蓮が瞬時に振り返り刀を構える。
俺が、気配に気付かないだと……そう、紅蓮は疑問を抱いた瞬間だった。桃太郎を見た紅蓮は目を見張る。
桃太郎から感じるただならぬ雰囲気。五感が人間より十倍と言っては過言でないほど優れた鬼の紅蓮が桃太郎の存在に気付かないのも異様と言えるが、何より桃太郎の雰囲気が異質だった。 その異質な雰囲気に、紅蓮はぞっと身を強ばらせる。
ユラリ、と揺らめいた桃太郎の身体。その姿を月の光が照らし出す。
握られたギラリと光る退魔の刀。後ろで束ねられた黒く長い髪。紺色の着物と黒の羽織。それら全てが血にまみれ、刀からは血の雫が滴っている。鬼へさえも畏れを抱かせるような桃太郎の姿に、姫路は口を覆う。そうしなければ、叫んでしまいそうだったのだ。
何故ならば月の光はそれらを照らし出しただけではなく、“あるはずのない”閻魔の頭をも見せたからだ。
桃太郎は持っていた閻魔の頭をどしゃりと地へ落とすと、俯いていた顔を上げる。同時に、前髪で隠れていた桃太郎の瞳がすっと紅蓮を捉える。
「貴様――」
開かれた桃太郎の瞳を見て、紅蓮は眉間に皺を寄せた。刀を握る力を強めると、刃を桃太郎へ向ける。
「地より深淵に堕ちたか、桃太郎――!」
風よりも早く、桃太郎へと刀を振るう。桃太郎は鬼の力で振るわれた刀を片手で握った刀で受け止め、振り払った。
桃太郎の紅い瞳が紅蓮を映し妖しげに光る。
その血塗られた紅い光景に、姫路は月を見上げる。血だらけの鬼の頭領の息子と、鬼の血であろう返り血を浴びた桃太郎。刀に滴るのは鬼の純血。空に浮かぶ満月。予言の刻が来たことを知ったのだ――

