画家のゆび




車道を挟んだ向こう側には、いつものように老人がスケッチブックに絵を描き続けている。



飽きることなく延々と、鉛筆を走らせる右手は何かにとりつかれているに違いないと、少年はやはり思っていた。


その横にはオレンジ色の炎を灯した角灯。



だが、こんな寒さでは役には立つまい。



車と人が忙しなく通り過ぎていく街で、あの老人のスケッチブックには恐ろしいほど穏やかな街が繰り広げられている。



凄惨なこの街の人間には、遠すぎて苦しい理想であった。




少年がおや、と思ったのは、今日は老人と角灯のほかに、大きななにかがその傍らでのびていた。



じっと目を凝らしていると、その先に、ぴくりとも動きはしない人の指先が伸びているのがわかった。




この街で、人が死ぬということはもはや日常である。



それを、誰も驚きはしないし騒ぎもしない。



人の波に揉まれてこちらを向いたその死体は、皮と骨だけの骸骨のような顔をしていたあの男だとわかった。



行き過ぎる人の波は誰もその男を目にとめない。



誰も、彼を生かしてはくれなかったのだ。