看護婦が医師を呼びに行った。
今なら目を盗んで、部屋を出れるかもしれない。
今なら、まだ会えるかもしれない。探し求めていた人…。
あの子を探しに行くんだ…。
『うくっ』
両腕にある点滴を抜き、身体を半起こしにする。
『…、…‥』
激しく目が回り、息苦しくなる。
試しに立ってみると、平衡感覚は役に立たなくて、頭は蒼白して、凄い運動量を要する。
多田さんに会いたい。
多田さんがいるか、確かめにいかないと。
…‥
‥
ロッカーにある、カッターシャツとジーンズに着替える。
『これは…』
カッターの左腕の先が、血で赤く染まりコテコテになっている。
‥洗い落とせないな。
《ガチャ》
『私服じゃないと…、病院の受付で‥、目に止まるから…、仕方ないよな…』
小声でぶつぶつ呟く。
喋るのすら息絶え絶えだ、ジジィだよ俺。
…‥
‥
『ぜぃ、ぜぃ…‥』
俺の歩き方に看護婦は怪しく思ったが、何とか脱走に成功…。
俺は公園に向かった。
あの場所へ…‥
…‥
‥
〜公園〜
やはり俺は、ここで‥
助けられた…‥
『ハァハァ…‥』
体力の限界‥、木に背もたれその場で座り込む。
多田さんはいないか‥
もしや、と思ったけど。
『…何処に住んでいるか、聞いて、おけば、よかった』
少しずつ眠気が襲ってくる。逆らうことはせず、その場に寝転んだ。
…‥
‥
『Zzz…‥、!』
んん‥、胸が振動している…
胸ポケットに携帯を入れてたんだっけ…
《P》
『…はい』
『はい、じゃない!。あんたは一体何してんだい?』
『…藤、先生』
『病院はパニックだよ、今はどこにいるんだ?』
『‥公園』
『栄養剤も十分でないのに、よくそんな所まで‥』
『オリンピック?』
『馬鹿、早く帰りなさい』
帰りたくても、もう立つことも…
『もう…、動けないんです』
『ったく、解った。迎えに行くから』
『………』
『待ってるんだよ』
皆は学校かな‥
学校中、俺の自殺未遂騒動になってたらどうしよう…。
…‥
‥
『…、ちわです‥』
『ちわです、じゃない』
『?』
『恵理からお前が自殺した、って聞いた時は心臓が止まるかと思ったぞ』
藤先生も俺の取った行動は、ショックだったのか。
藤先生は気丈に見えても、やっぱり女性なんたな。
『‥、本当に大丈夫なのか?』
『‥、多分』
『私も人間なんだから、心臓に悪い事は止めてくれないか?』
『………』
やはり先生であろうが、解るはずがない。
俺は酒乱に乗じて、とは言え、最良の決断と思い、実行したまで。
自殺が軽い思いでやれるはずがない、正当化する気もないが…
『どうして返事をしてくれない?』
『‥先生は、俺が軽い気持ちで腕を切ったと思いますか?』
『そうは思っていないが、じゃあ友達や家族を置いて、お前1人死ぬつもりか?』
『俺は極限状態に置かれていたのです。失意と絶望に心を支配された時ほど、自制心が効かない事はありません』
『…酒乱にも乗じて、だろ?』
『俺は、精一杯でした』
『解ったよ、議論は後だ。とにかく静養してくれ』
『‥はい』
…と言ったものの、失恋のダメージが襲い掛かった時、果たして耐え切れるか…。
『それと‥』
『?』
『お前は失恋が原因で自殺したようだが、完全な勘違いだ』
『‥と言うと?』
『友美に新しく彼氏が出来た、なんて嘘だよ』
『‥嘘を?、なぜ?』
『宮川が友美に連絡を遮断したから、ちょっとした罰じゃないか』
『…、…‥』
死ぬトコだったぞ‥
椎名のイタズラか?
『さぁ、帰るぞ』
『はい』
でも友達とどんな顔して会おうか…
流石に今回は、完全に一線を越えている。
…‥
‥
〜病院〜
医師から説教を受けた俺は、ようやくベッドに寝る。
脱走が原因で集中治療室のドアの外の廊下は、看護婦に見張られている。
『Zzz…‥』
『宮川君』
『…!、はぁい』
眠りの浅い俺は、睡魔の抵抗なく起きる。
『面会の方が来てるよ』
『初の来客、ってとこかな』
『宮川君は10日以上も寝てるんだよ。面会の方は何回も来てたんだよ』
『あ…』
そうだったな…
寝続けたなんて、全然自覚がないや。
『どうするの?』
『どんな人でした?』
『ロングヘアーで綺麗な人かな』
『‥看護婦さんより?』
『………』
一瞬、看護婦の顔が険しくなり背筋がゾクっとした。あわてて訂正する。
『じ、冗談ですよ』
『‥で、どうするの?』
恐らく恵理だけど、今は会わせる顔がない。
『まだつらいから、意識が戻った事だけ伝えて下さい‥』
『そぅ、じゃあその旨伝えるから』
ごめん、少し頭の整理させてくれ‥
…‥
‥
『み、宮川君』
『はい』
『どうしても会いたい、って凄い剣幕だったよ』
『えっ?』
『会うまで絶対に帰りません、って…』
『………』
怒ってるのかな、心配してるのかな。どっちにしても少し怖い。
『宮川君?』
『‥解りました、通して下さい』
『じゃあ入れるね』
恵理が怒る…、まさかな。怒らない人柄だろう。
《コンコンコンコンっ》
結構、強めな力でノックされる。
ノックの仕方だけで、恵理の心情が伝わってきた。
《ガチャ》
『ゆ‥、優助、君…』
『やぁ、恵理』
猛ダッシュで俺に駆け寄る。
直後、バッと風がかかり込む。
女の子の香りがした。
『な、なに?』
『優助くん…』
『恵理?』
『…良かった、…本当に、良かった、…っ……』
『………』
涙の量だけが恵理の心境を物語る。
申し訳ない事に感じるけど、俺も限られた状態で精一杯だったんだ…
でも、すまなかった…
『恵理?』
『…なに?』
『恵理が俺を…、助けたのか?』
『………』
『…恵理?』
『…うん』
恵理の心情が計れない。
恐らく、俺が意識を取り戻して嬉しいが、今まで相当心配していたに違いない。
『俺、どんな感じだった?』
『…左手が痛々しかった。顔色も白くて、身体に力がなくて、死人そのものの様に感じた』
『………』
『もう…、もぅダメかと、思った。…っ……』
『………』
また大粒の涙を流す。
どんどん俺は、卑怯な行為に、身勝手な行為に走ったと罪悪感を膨らませる。
『相談してほしかった…』
『………』
恵理の潤んだ目が、罪悪感を一層強くする。
実際、女の子を泣かしたから、相当いけないんだけど。
『優助君…、相談してほしかった。私にだけは…』
『…やっぱり、…怒ってる?』
『えっ…』
キョトンとして俺を見てくる。
意表をつかれたのか、石像のように固まっている。
『…恵理?』
『………』
『…え、恵理?』
『………』
目を丸くして俺を見ている。恵理の考えていることが見当つかず、その表情を観察する。
…‥
‥
『恵理は心配する方になるかな…』
ハハ…、とスマイルしてみる。
ところが、静かだった部屋が一変し、恵理は人が変わった様に怒り始めた。
『うん、怒ってる。怒ってるよ!』
『!!!』
恵理が俺の顔の間近まで近づき、怒鳴りまくる。
『今回ばかりは絶対に許せないわ。優助の卑怯者。バカ!、バカ!、大バカぁぁぁ!』
『…ちょっと、近いよ』
キレてしまったのか、恵理は力の限り怒鳴る。
しかも、呼び捨てだ。
『ごめん、でも…』
『面会に来たのに、門前払いとはどういう事なの!?』
『いや、それは…』
『優助のバカ!』
『恵理、落ち着いて…』
『髪が逆立つ程激怒してるよ!、元気ならビンタしてるところだよ!、半端じゃないよ!』
『ちょっ、話を聞いて』
今まで蓄めていた感情を一気に出し、まくし立てる。
『夜も寝れなくて、授業も耳に入らず、食事も手につきにくいほど、イライラしたよ。心配とイラツキは紙一重だよ!』
『むむ…』
恵理がキレた…
しばらくすれば、怒りも静まるだろう…
…‥
‥
『…、……』
『私たちを頼ってくれれば、自殺に走らなくて済んだものを…、…聞いてるの?』
恵理って怒らせると、こんなに怖いとは…。
1時間はすでに過ぎ、トイレにも行かせてくれない。
『せめてトイレに行かせて』
『漏らしていいから聞いてなさい』
『もう勘弁してよ…』
『ダメ!』
…‥
‥
