『………』
空間に遠近感がなく、全てが暗闇で支配されている世界。
ここは、一体…‥
『久し振り、極度の心労だね』
誰だ…
何も見えない中、懐かしい女性の声を捉えた。
確か俺は、血を流して力尽きたはず‥
『俺は死んだのか…』
『あなたはまだ死んじゃダメだよ』
『誰?』
『危なかったんだよ、もう少しであの世行きだったんだよ』
この懐かしい声…、まさか、俺がガキの頃失恋した時の!?
多田さん…、なのか?
『声だけで解るんだ、嬉しいね』
『探したんだぞ!、どこにいる!?』
『私は現世、あなたは…‥』
俺は…
俺は‥、一体‥
…〜…〜…〜…〜…〜
〜集中治療室〜
『兄さん!!』
『私と優助君の仲を誤解するなんて…、優助君がなぜ悩み続けていたのかわからなかったの!?』
『…宮川、ごめん。こんな事になるとは思ってなかったの』
『兄さんお願い!、起きて!』
『……………』
『兄さん!、…、…‥』
…〜…〜…〜…〜…〜
俺は‥?
『頑張って生きる希望を持ち続けて。あなたは自殺する為に生まれたんじゃないわ』
『…、そんな単純なこと位わかるよ』
『宮川君、頑張れ♪』
『俺は…、どうなったんだ?』
『アドバイスを聞いて』
『アドバイス?』
『…ずっと失恋と隣り合わせだったんだね。でもね人間は同じ状態ではいられないの。いつか愛情を注いでくれる人が、癒してくれるよ』
『同じ状態ではいられない?』
『ずっと極度な失恋を、永遠に引きずる訳ではないの』
『古傷として疼くだろ?』
『人間の生は悲しみと一対だよ。どんな時代でも悲しみからは逃れられないよ』
そうだな…‥
そして、これからも…
そしてそれは、誰にでも…
…〜…〜…〜…〜…〜
〜恵理の捜索〜
〜公園〜
『人が死んでるっ!』
『これ‥、自殺!?』
『誰か救急車を呼んで!』
……
…
『ハァ、ハァ…、もうここしか心当たりが…』
『………』
あ‥、足音…
『!、優助君!!』
『ちょっと!!、しっかりして!!』
『……………』
『しっかりしてよ!!、優助君!!』
ふらふらする‥。
軽く平衡感覚が失う。
『悪い冗談は止めて!!、早く起きて!!』
『返事をしてよ!!、優助君!!』
そんなに、激しく、揺らさないでくれ…
『お願い、起きてよ…』
え…り…?
『…し、死んじゃうの?、どうして…、相談してくれなかったの…』
振動が止まったが、代わりに頬に温いものがポタポタ落ちては、喉や耳の方に流れ、線を作っていく。
『私は相談してほしかったのに…、力になりたかったのに…、どうして‥、どうして独りで悩んだの?』
え…、り…
『優助君!!、黙って死ぬなんて卑怯だよ!!』
『私や皆の悲しみは、どうでもいいの!?』
『……………』
『‥ゆ、優助君…、…うぅっ…‥、…っ…‥』
…‥
‥
『…どうしてこんな事に…、どうして…』
《ブブブ…‥》
『優助君の…、携帯?』
《P》
『兄さん!?、兄さんなの!?』
『私…、藤です…』
『藤さん!?、どうして兄さんの携帯を?、それより兄さんは!?』
『…何か聞いてるの?』
『家に変な置き手紙があって…、兄さんは?』
『…、優助君は、公園の木の下で…』
『下で?、何なの!?』
『…手首を…‥』
『………』
『………』
『…うそでしょ…‥』
『‥嘘、つけないよ。こんなことに…』
…‥
‥
…〜…〜…〜…〜…〜
……………
…………
皆、怒ってるかな…
友美、恵理、椎名…、それから藤先生。
『今日で10日が経過したよ』
『10日って?』
『あなたが倒れてから10日』
『多田さん、俺このまま消えるのかな…』
『生きようとする意志を強く持って』
『?』
『奇跡を呼び起こすの。あなたが意志を持たなければ、奇跡すら起きないわ』
『………』
『何をためらっているの?』
『………』
『……生きる事が、どんなにつらかったかわかる。でもあなたは、まだ負の人生しか見てないわ』
『………』
『負の人生で終始符を打つ気なの?』
『…俺は誰かの為の人生ではない。俺の人生は俺が決める。例えそれが負の人生で終わっても‥』
『…間違ってるわ』
『負の人生で力尽きる奴だって、満足する奴だっているさ。俺だけじゃない』
『あなたの人生は、あなただけの人生じゃない。よく聞いて』
『………』
『耳をすませて』
『……、!』
〜…〜…〜…〜…〜
〜十数日後の集中治療室〜
『こんにちは、兄さん』
『今日は兄さんの大好きな本を持って来たよ』
『あんな嘘をつくんじゃなかった…。本当にごめんなさい。真実を知ったら怒るよね?』
『怒っていてもいいの。とにかく、早く起きて声を聞かせて。それだけでいいから…』
『神様、お願いします。出来るだけ早く、兄さんを起こして下さい‥』
〜…〜…〜…〜…〜
『友美…』
『あなたの人生は、あなたの為だけじゃないの。友美や友達の為の人生なの』
『…、……』
『友美や友達の人生も、あなたがいるからこその人生なの』
『………』
『友美や友達、そしてあなた、皆がそろって初めて共存する一個体の人生なの』
『………』
『あなたは恋愛に一途だったわ。それは人生を充実させる為の原動力の一つ』
『………』
『…ただ、あなたは傷が付きやすかったの。特に恋愛においては、一途過ぎたもんね』
『………』
『恋愛は不確定要素が強いの。失恋なんて、どこにでもあるものなの。恋愛には引く勇気も忘れないで』
『………』
『後、恋愛にだけ幸せを求めないで。失恋しても何かでカバーできる様に、他にも幸せを見つけておいてね』
『………』
『わかったかな、一途な一途な宮川君』
『ありがとう、俺は…』
『ん?』
『…立ち上がらないと。深い悲しみを背負うのは、俺一人でいい』
『それは極端だよ。これから出会う友人に、あなた自身の気持ちを打ち明けられる人を探すの』
『………』
『気持ちを打ち明けられる相手が見つかれば、精神的なダメージを半減できるわ』
『………』
『気合いや根性論も必要だけど、人間はどこかで本音を打ち明けて、相手と共有する作業も必要なの』
『…わかった、必ず自分の気持ちを受けとめてくれる人を見つけるよ』
『私のアドバイスはここまで。もう女の子を泣かせちゃダメだぞ』
『ああ…』
『ガンバっ♪』
『………』
俺は意志を強く持つ。
喜怒哀楽の感情や、腕の痛みが、少しずつ出てくる。
『体にも気をつけてね』
『………』
………………
………
…
〜集中治療室〜
『…ここは?』
集中治療室…
点滴は輸血と透明の液体…
切った手首には包帯が巻かれている。病院の独特の匂いが鼻につく。
それと少し貧血がする。
『!、宮川君!』
『………』
看護婦がいたらしい。大きな声が頭に響いた。
『声が聞こえる?』
『‥ええ』
『気分は?』
『軽い、貧血、がします』
『今、先生を呼ぶから』
なんだこのパジャマは…、普段着は?
『…俺の服は?』
『ロッカーに入れてあるけど、少し血がついてるよ』
…‥
‥
