孤独の戦いと限界


『けど誤解のない様にだけ。俺と恵理の付き合いは、あくまで親友としてだよ』

『これからも一緒にいるくせに…』

『……?』

何か含みのある言い方だ。何かあるのかな…

『‥何か言いたい事でもあるの?』

『………』

俺は率直に聞いてみた。
友美は今、何を考えているのだろうか…

『私としても、ギクシャクした関係は嫌なの』

『今回は俺が悪かったよ。けど好きで嫉妬狂いになっていたわけじゃないよ』

『それと…、ね』

『まだあるの』

『私ね、向こうで、好きな人が…』

『!!!、えっ…』

『………』

『ちょっ…』

一瞬パニックになる。
げ‥、現実?
…友美、まさか…‥


『兄さんに無視されて落ち込んでいた時、励ましを受けて、それで知り合いになったの…』

『待ってくれ友美!、俺は友美への想いを裏切る気は毛ほどもない。恵理との誤解は止めてくれ!』

『………』

悲痛な叫び声を出した。
もう、愛がある事を訴えるしかなかった。

『上手く言えないけど、俺は友美しかいない。だから…』

『…ごめん!、さよなら』

《ッ、ツー、ツー》

『友美っ!』

暫く呆然として立ちすくむ。そんな決断をすでにしていたなんて…

…‥


『出てくれないか…』

何度かけ直しても、電源を切られたのか通じない。

『友美、どうして…』

俺はそんな尻の軽い男と思っていたのか?
俺は精一杯自分と戦った、その結果がこれか…。


『…ハハっ、もう…』

もういいもん‥
もういいもん、もういいもん。

心の支えが、俺の中で消えた。

…‥


『ゴクっ、ゴクっ、ゴクっ』

『ゲホッ、ゲホっ』


残っていた焼酎を乱暴に口に運ぶ。
内臓が火がついたように、焼けるように熱い。


『………』

恵理、禁酒令を破ってごめんね。
けどもう…、もう飲まずにいられない!

もういいよ!、俺の人生に試練ばかり与える神め!

もう、うんざりだよ。悲劇なことばかりが、俺の人生なのか!

俺は十分に頑張った。だが人生は冷酷なものだった。

『ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゲホっ、ゲホッ』

『うげ…、内蔵が焼けそう』

飲みまくって一気に、酒乱状態へ追い込む。
もうこれ以上の、これ以上の、失意には耐えれない。

『ハァハァ…‥』

もっと飲め!、もっと、もっとだ!
錯乱状態まで辿り着け!

酒よ、この失意から解放してくれ!


…〜…〜…〜…〜…
〜同時刻の友美と椎名の会話〜

『もしもし、椎名さん』

『友美、あいつはどんな反応した?』

『かなりショックを受けたみたいだったよ、心配かな』

『いい気味よ、全然友美に連絡取らなかったんだし。バツを与えないとね。でも宮川はちゃんと友美を…』

『…好きって言ってくれた』

『そう、よかったね』

『でも…』

『任せて、ちょっとした罰だってメールに入れるから』

『違うの…、何か嫌な予感がするの』

『嫌な予感って?』

『兄さんは恋に関しては尽くす人だったわ。失恋と受け止めたら、後先を見失う行動を起こしそうな気がするの…』

『…、大丈夫よ、きっと』

『少し気になるから、私からも朝方電話を一報するわ』

『…少しバツが悪かったかな』

『じゃあ連絡お願いね、勉強もあるから…』

『…う、うん、じゃあね』

…〜…〜…〜…〜…


〜自宅〜

『う…げ‥、う…ぅ……』

《ゴトっ》


どれだけ飲んだかわからない、麦焼酎のビンを落とす。
完全に自分の許容範囲を超える、大量飲酒で覚醒作用の領域まで達した。

……と………も………み…………。

これまでか…。

深酒の効果でろれつが回らず、もはや錯乱状態。
これからリストカットするのに、その行動が綿のように軽く感じる。

《♪〜、♪〜、》

『メー‥ル?』

こんな時間にメールとは、何の悪戯だ‥。
俺はメールを見ず、胸ポケットに突っ込む。

決意の鈍らぬ内に、先に逝ってやる…

『………』

愛しても失恋ばかり…
失恋の苦しみは、もうこれ以上は…。
すまない父さん、母さん、友美…。

俗に言う、自殺は逃げ、と簡単な言葉があるが、では自殺に追い込まれる人間の心情を全て理解してるのか、と言いたい。

誰だって自殺などしたくない。
自殺は最終手段としての唯一の行動だ…。


『俺も、その一員か』

酒の酔いから覚めれば、新たな失意、失恋に立ち向かう為の、恐ろしく膨大な労力が必要となる。

流石に、もう嫌だ。

『ふぅ…』

ルーズリーフから一枚紙を取り‥


「許してくれ、とは言わない。
言わないが、悲劇、心痛、死への願望は本人しか解らない痛みであり、最終決断です。
親不孝者も承知です。

俺自身、こんな事になるとは思わなかった。
だが、書かせてくれ。

現実は容赦がない。
慈悲も慈愛も人情も同情もない。
本当に終わり、と思えば自制する事は出来ない。」


…と、一筆して机に置く。

『………』

酒に酔ってる間に、事を済まそう。

もう誰も止める者はいない、その思いが決意を強める。

…‥


洗面所から剃刀を持って、覚悟を決める。
このまま生きるよりは、苦痛は少ないはずだ。

〜朝〜

足がおぼつかない上、膝が笑ってぐらぐらする。

『ん‥』

ブブブ…‥

俺は時計を見たが、6時にもなっていない。
こんな朝の早くに…、誰だ…

『あの、もしもし、兄さん』

『………』

一瞬、理解が出来なかった。なぜこんな時間に…


『…、兄さん?』

『………』

『第六感っていうか、変な胸騒ぎがして朝早くにごめんね』

『………』

『あの、椎名からメールがあったと思うけど、全部芝居だから、一応連絡させてね』

『しばい?』

『寝ぼけてるの?』
『メール?』

『ちょっと大丈夫?』
『???』

立つと酔いが回る…。
視界までぐるぐる回る。

『…兄さん?』

『あ、熱い…。ない、ぞう、が…』

『内臓?、…兄さん?』

『酒の、がぶ飲みが…、効いてるのか‥』

頭が鈍い上、上手く喋れない。いつもの回転し続ける脳ではなく劣化状態だ。

『お酒飲んでるの!?、何を考えてるのよ!』

『誰のせいで、ここまで、酒を飲んだと思ってるんだよ』

『えっ』

『失恋の苦しみを紛らわしてるだけだ、なぜ悪いんだ?』

酒に酔っているせいか、言葉に遠慮がない。

『………』

…‥


『…、完全にやり過ぎたね。ごめんなさい』

『ともみ、俺の死んだ後、決して葬式、しない様に、両親に…』

立っていると、少し気分悪い。その場にそっと座る。


『は?、何言ってるのよ。変な事言わないでよ』

『葬式に、金、かけない様に、頼む、ともみ…』

『……、ちょっと、恐い事言うの止めてよ…』

『新しい彼氏と、幸せに、なってね』

『…一体、今どういう状況なの?、順序立てて言って』

『…終わりさ、人生の』

『…酒の勢いで何を始める気なのよ?』

『自殺…』

『じさ…、つ…』

『もう死ぬよ。失恋の苦痛から逃れたいから…』

『!!!っ』

『ようやく…、失恋の苦しみから逃れられるんだ。俺はこの辺が限界だ。元気でな』

『ちょっと待って!!、切らないで!!、そのまま!!』

『っ!、いてて‥』


耳の鼓膜が響くくらい、大きな声で叫ぶ。
思わず携帯を遠ざける。

『もう‥、生き地獄は嫌だ‥』

『そのまま家に居て!!、酔いが冷めるまで携帯を切らないで!!』

『………』

『兄さんは泥酔状態だから、何も考えてないわ!』

…考えたさ…
…十分に考えたさ…

…‥


『むぅ…』

さっきから内蔵が熱い。五臓六腑が煮えてる気がする。

『兄さん!!』

爆発音みたいに、携帯からいちいち声が飛ぶ。
いちいち、鼓膜が響く。

『な‥、何、だよ』

『携帯を切らないでね!!、話を止めないでそのまま続けて!!。すぐに帰宅するから、それまで会話を続けて!!』

『………』

もう死ぬ決意はした、後は自分の後始末だけだ。


『‥じゃあな』

『待ちなさい!!』

『…ともみと暮らした日々、本当に楽しかったよ』

『いやだー!!、兄さん待って!!』

『死んでも、いつまでも愛してるよ。ともみ…』

『兄さんっ!!!!!!!!!!!』

『P』

『………』

何か凄い勢いを感じた。
俺の知っている友美の声ではない。マジ切れしてるというべきか‥。

俺はもう消えるんだ。
決意が鈍らないうちに…

…‥


〜公園〜

胸ポケットの携帯が何度もバイブする。
少しくすぐったい…‥

『………』

公園の木の下で、全てを…。
昔遊んだ思い出の場所で…

…‥


『………』

結局、俺の死に場所は、昔よく遊んだ公園に決めた。きっと、俺に相応しい死に場所だ。

…‥


『少しだけ冷めたかな、酒の酔い…』

この大木だけは変わらないなぁ。
俺達は随分大きくなったが…

少し酒が覚めたせいか、失恋が襲いかかる。

『こんなはずじゃない‥、こんなはずじゃないんだ…』
‥ないのに…‥

涙が目から溢れ出る。
心が痛いよ…、くそ‥。

『ともみぃーーーー!』

『ともみーー!』

『ともみ…、うぅっ…、…っ…‥、…っ‥』

泣き叫ぶが、簡単に力尽きて静かに泣きまくる。

『んん?』

大声で泣き叫ぶのって、意外と気持ちいいな…。

『泣き叫ぶなんて子供の時、以来だ。フフっ、おかえり、小さな頃の素直な俺』

泣くことのできる自分に、最後の親近感を覚えた。