恵理も俺もお互いに家路に着いた。
最近は、時間が短く感じる。
きっと充実した生活なんだろうな。俺は改めて、今、を陶酔した。
…‥
‥
〜自宅〜
《ガチャ》
『ただいま〜』
ん?
靴が二足…
『あっ、おかえりなさい先輩♪』
『遊びに来たのか、ゆっくりしていってね』
『はい、でも夕ご飯までに帰りたいから、すぐに帰りますよ』
『兄さん帰ったの?』
台所から友美の声が聞こえる。夕食の支度かな。
『すっかり新婚さんですね』
『気が早いよ、学生の間に沢山恋愛したいんだ』
『…え、でも…』
『ところで、風紀の帰りで家に来たの?』
『プレゼントですよ♪』
『?』
記念日でも誕生日でも祝い事もない‥
『何のプレゼント?』
『宮川先輩が上京して看護学校に進学するから、その餞別です』
『!っ、な…、なに?』
『ひょっとして知らなかったのですか?』
『くっ!、……』
『先輩、何処に…』
家を出て公園に向かって、力の続く限り走った。
…‥
‥
『ハァハァ…‥』
胸が焼ける様に熱く、呼吸困難に酸素を大口で吸う。
『友美が上京だと?、聞いてないぞ。どういうことだ』
???????
頭はパニック状態だ。
悪い冗談か?、そう聞こえなかったが…。
今の今まで、上京なんて聞いた事がない。
とにかく確認しないと…
『………』
今、冷静に考えると冗談じゃないのか。
そんな唐突な話があるわけないだろう。
…‥
‥
〜自宅〜
《ガチャ》
『………』
靴が無いとこを見ると、後輩はすでに帰った後だ。
食卓にも居間にも友美はいない、風呂でもない…。
部屋かな‥?
夕食は俺の分だけ用意してくれている。
…‥
‥
《モグモグ》
友美が上京する…‥
頭が半ば真っ白になりながら食べている。悪い冗談にもほどがあるよ。
そう言い聞かせつつ、妙な家の静まり返りに不安になっていた。
『………』
友美に聞けばはっきりする事だ。
悪い方にばかり考えるのはよそう‥。
《トントン…‥》
友美の階段の下りる音‥
苛立っていた俺は、すでに沈黙していた。
『…兄さん、帰ってたのね』
『ああ、友美‥、聞きたい事があるんだけど』
いきなり切り出す。
正直、この気持ちを早く追い出したい。
『…、解ってます。上京して看護学校に通う事でしょ。あの子が口を滑らせたみたいで』
『‥ま、まさか住み込み?』
『うん、遠いから寮だよ』
呼吸が上手く出来ない。
俺は凍り付いてしまう。
『兄さんとはできるだけ、長い時間を普段通りの生活を過ごしたかったの…』
『………』
『…だから兄さんには伝えづらくて』
『…両親には?』
『既に伝えてあるよ、OKしてくれたから』
『…学校側には?』
『手続きの方は、あらかた済ました状態だよ』
『‥友達には?』
『‥うん、正直伝えにくかったけど何処に行っても友達だもん』
『………』
な、何…、このいきなりの展開は。
一体、どうなってるんだ?
『…兄さん?』
『なぜ、そんな大切な事を知らせなかった?、そ、それでいつから?』
『…うん、四日後』
『!!!、…よっかご?』
身体中に激震が走る。
俺は感情を必死に抑えた。
『…兄さんは特別だからどうしても言い出せなかった。大切な人だから…』
『と、ともみぃ!!!』
俺は泣きながら、声を張り上げた。
『正直、言いにくかったの。ごめんなさい』
『なぜだ!?、なぜ急になんだ?』
『…急に話す事じゃなかったね。でも言いだしにくくて』
『友美!、進路の事を考えるのはわかる。だがこんな大切な事を黙ってやることか!?』
『…ごめん』
『俺はこれから恋路が始まると思っていたのに…、それなのに…』
『倍率の高い専門学校が通ったの。私はこの機会を逃したくないの。看護の資格は、就職難に強い武器だし…』
『そんな学校が何だよ!!、友美、お前は本当にそれでいいのか!!』
『…そんなに怒らないでよ』
『なぜだ!?、なぜ…!!!』
『…私は進路が決まった事を、喜んでくれると思っていた』
『……、……』
何もかも、俺の知らないところで、ここまで話が進んでいるなんて…。
もう観念するしかない。
『…、もういい』
『‥ごめん、兄さん』
無言で食卓を後にした。
友美の勝手な行動が、俺の感情を最大限にまで上げていた。
…‥
‥
〜自室〜
『一体、俺の人生はどうなってるんだよ!?』
力の限り叫んだ。
あまりにも短い…
短すぎる短すぎる、新しい恋愛のトキ‥。
短すぎる幸せの日々…。
俺には試練がもっと必要なのか…
それとも、幸せなど無縁な人間なんだろうか…
『どうなってんだ、俺の人生は‥。誰か教えてよ…』
頭が狂いそうになる。
…‥
‥
〜翌日〜
友美が大きなバッグを片手に、電車に乗る姿が映る。
もう行くのか…。
まだ時間があるだろ…。
『ともみ…』
『………』
『…とも、みぃ』
『…兄さん…‥』
肩が揺れて、悪夢から解放された。
『……と、‥?、友美』
『………』
『………』
『………』
視界が歪んで見える。
目からため込んでいた涙が流れ落ちた。
『………』
『………』
深い悲しみを、涙で表現されていた。
友美は何も言わず、俺を観察するように見続けていた。
『‥着替えるから出てくれ』
『朝食は作るから…』
『要らない』
『………』
友美の姿が、今は痛々しい。視界に入れるのもつらくなる。
『早く出ていってくれ』
『………』
…‥
‥
