〜通学路〜

『まだまだ寒いね、寒いのは苦手。早く春が来ないかな』

『花粉症の方がつらいよ』

『花粉の量が少なくなるのを祈るしかないわ。もう直ぐ3月だから暖かくなるといいけど…』

『…人肌がいいかも』

『スケベ!』

『寒いから人肌恋しいんだよ』

『発想が犯罪になってるよ!』

『大丈夫、獣にはなれん。あくまで双方の合意だ』

『………』

『ムードは大切だし、ね?』

『………』

この話題は止めよう。
ムードが大切と言った手前、しつこいのは駄目だし。
…‥


学校に近づくと、嫌でも生徒達が目に入る。
これから授業が始まるんだ、と嫌な実感が湧く。

『はぁ〜』

『何朝から溜め息ついてるの?』

『授業が嫌だからに決まってるよ。友達もあまりいないからつまらないし、喫茶店で読書してる方がいいよ』

…そうなんだ、俺には友達と呼べる友達はいない。
知り合いなら多いが、浅く付き合うのを嫌った。

俺と同じように、深く考える同類がほしかった…。


『友達が少ないなら、クラブに所属すればいいのに』
『……、すぐに幽霊部員になるなら意味ないよ』

『ほらぁ、そんな事言うから』

『…俺なりに、ガッコは楽しんでるよ』

『…難しい本を読むようになったのに?』

『………』


俺は子供の早い時期から、恋愛感情が豊かな子だった。
そして、早い段階で失恋の深さを知った。

失恋とはどういうものか、自分なりの答えを知りたかったんだ。

抜けきれない失恋をどうすべきか…

胸の張り裂けそうな、失恋の想いの行方を…。
…単に足掻いているだけかもしれないが。

『兄さんは何でも考えすぎ。もっと学校生活を楽しんで下さいね』

『…解ってるよ』

わかってるんだろうか?
自問自答して、答えが出なかった。

…‥


『おはよー』

『おはよう』

教室に入ると、友美はクラスの皆に挨拶をする。
俺は無言で自分の机に向かう。そしてうつぶせになり目をつむる。

兄さんと呼ぶくせに、友美と同じクラス、同い年…。

俺の父は、離婚して再婚を果たした。
再婚相手の方が、父と同じ境遇らしく、それ以来、友美と共に暮らしている。

俺と友美はお互いに、過去の詳しい内情を聞こうとしない。

それは今までタブーとしてきた。悲しい話に決まってるから。
掘り返す話ではない位、友美もわかっている。

この不況社会の中、両親は派遣会社の寮で暮らしている。
お金を貯めて、看護学校に行き資格を取る為に。

本当に、悲惨な時代に生まれた、と思う。


『………』

睡眠モードに入りかかる俺…。
やはり、二度寝が足りなかったらしい。


《バシン!》

『あいーー!』

背中に衝撃音と共に激痛が走る。唐突の痛みに、変な叫びが出た。

『挨拶もしないで寝るなんて、普通しないわよ!』

『何なんだ椎名!、びっくりしただろ』

委員長の椎名だった。
クラス委員長の彼女だけは、宿題の提出物や文化行事で、避けることはできなかった。

文句を言い合ううちに、友達になってしまった。


『いきなり寝るなんて、何かあったの?』

俺は下向きつつ、つぶやいた。


『こう見えても結構悩む年頃なんだ』

『うっわあ、似合わない』

腹を抱えて笑うが、ムカつかない。
からかってる位、解っているから。


『俺は女は大人しく、心が弱い人間だと思ってたが椎名を見て、女性への偏見が崩壊したよ』

『ど、どういう意味よ、それ?』

『判断は任せる』

『‥ムカつくわね』

『シワが増えるよ』

『増えないわよ!』

俺も適度にやり返す。
委員長とは、いつしかこんなやり取りが、親交を深めていた。

……