孤独の戦いと限界


『〜♪、〜♪』

『………』

TVを見ても聞いてもないのに、天気予報が流れてる。
たまには素直に、いつもありがとう、と声をかけてあげるべきなのかな。
恥ずかしいが‥、凄く恥ずかしいが…


『いつもありが‥』┓
『明日は曇…』┛

同時に喋ってしまって、つい口を閉じてしまった。


『………』

『‥、コホン』

咳払いを一つする。
自然に声をかける、タイミングを逃しちゃった。

『兄さん、今何て言ったの?』

『え、何が?』

やっぱり恥ずかしい、とりあえずとぼけてみる。

『いつもありがとう、って言おうとしたの?』

『…聞き違いだろう』

同時に喋ったはずなのに、俺の言ったことを、しっかり聞き分けている。

『ねぇ、何て言ったの?』
『何も言ってないよ』

『それは嘘よ、何て言ったの?』

『…忘れちゃった』

『兄さん、隠すことじゃないでしょ。何を照れてるのよ』

『照れてないよ』

しかし、顔は熱かった。
顔色に出ているかも…

『恥ずかしがり屋は、相変わらずだね』

『………』

『そこも兄さんのいい所だけどね』

『変わり者…』

『えっ?』

『変わり者だからね、素直になれない…』

『少しずつ素直に、ね。兄さん』

『……、うん』

『あー、でもこの空間って何だろうね。凄く落ち着くよ』

ソファーに仰向けになり、隙だらけの姿を見せる友美。

『お互いが気を許せる空間だからね。警戒心を無にする時ほど、楽な時はないよ』

『う〜ん、警戒心って言うのかな。兄さんが近くにいる事が、不安感がなくなると言うか…』

『誰にでも気を許せる相手は、一人や二人は必要だ、って事だね』

『んー、納得』

俺も友美の前で、これだけ力を抜いてリラックスする姿は、中々珍しく思う。

空間、というのは自分と相手で、和めるか不快なのかがわかる。

…‥


〜自室〜

『………』

居心地が良すぎて、勢いで睡眠しそうだったから、適当に切り上げた。

一人になった途端、寂しい空間が俺を支配した。

友美の存在が、如何に大きいかわかるよ。

『………』


…寝よか。

…‥



〜土曜日〜
〜終業間際〜

土曜ほど、好きな曜日はない。
単に、自由時間が増えるだけなんだけど、半端ない嬉しさだ。

休日も嬉しいがやっぱり無駄な授業から、逃れられるからだろうか。

『♪〜』

新しい小説を買い、終業が待ち遠しい。

…‥


『礼』

終業の合図を終える。


『(缶珈琲、小説、共に準備よし!、後は図書室へ一直線)』

この小説は、俺の好きな現実向けの恋愛小説だ。
俺は、はやる気持ちを抑えた。


『宮川、ちょっといい』

『どうした椎名?』

『ちょっといい』

『ん、何?』

『‥ところで、どこ行くつもりだったの?』

『ん、図書室だけど』

『ちょうどいいわ、そこに行こう』

『何がちょうどいいんだ?』

『いいから!』

相変わらずの強引さ。
一体、何の話だろう。


〜図書室〜

『………』

『………』

図書室に着いたが、椎名の滅多に表さない真剣な態度に、俺は困惑していた。

俺は読書を楽しみに来たのに、一体何やってんだ。

『で…、何だ』

『えっ…?』

『何か話だろ?』

『…うん』

真剣な態度から一変して、落ち込み気味な表情になる。
何なんだ一体…、何かトラブルでも起きたのか…

『それで?』

『…うん』

『………』

『あのさ、私って第三者からどう見られてるかなぁ、って』

『第三者?』

『私って厳格で暴力的で、普通の女の子じゃないかも…、って』

『暴力的って、軽く叩くコミュニケーションの一種じゃん』

『宮川は優しいから、すぐ慰めるし』

『俺の主観的な意見じゃなく、客観的な答えだよ。別に慰めたわけじゃない』

『ハァ〜』

大きくため息を出す。思ったより、思い詰めてそうだな。


『いい?、椎名は至って普通の女だよ。叩くイメージが付着するなら、止めればいいだけの話だよ』

『…前に他の男を軽く叩いたら、男みたいな奴だな、って言われちゃった』

『その男はカルシウムが足りないか、女にパーフェクトを求める完全主義者だよ。気にするなって』

『………』

『そいつとは仲が良かったの?』

『…うん』

『ふぅん』

多少なりとも、椎名が影響する人物だったんだ。


『厳格なイメージも、普通の女には必要ないのかな…』

『そこまで考える必要はないよ。厳格さは椎名のオリジナルの性格なんだ』

『私だって、嫌われたくないわ。恋もしたいし…』

なるほど、そっちが本音か…。

『叩かれるのが嫌なら、叩かなければいい。逆に俺や気を許せる者を、軽く愛嬌を見せてやれ。今度は叩かれない事に、淋しさを感じるはずだ』

『宮川は、私が叩いた時痛かった?』

『痛い時は、俺が先生に怒られた時や椎名を怒らせた時だけ、後は愛嬌ある叩き方だよ』

『…宮川は怒らないの?』

『俺には気を許して、愛嬌を見せてくれるもん。嬉しいよ』

『そうね…』

『思い詰めるな、わかる奴はわかるんだから』

『…宮川、あんた優しすぎよ』

『優しさじゃないよ、俺の性格だよ』

『………』

『困っていたら助ける、落ち込んでいたら元気づける。ただそれだけだよ』

『そんな性格があるのに、友達を作らないのは勿体ないわ』

『……、今は作らない』

『なんでよ?』

『俺の事はいいよ、今は椎名の話だろ』

『そうだけど…』

『誰かに自分の性格を矯正されなくていいよ。性格はただ一つの、自分のオリジナルなんだから』

『…うん』

『少しは気が楽になったか』

『うん、ありがと。持つべきは友達、っていうのが身に染みるわ』

『………』

俺もいずれは、そんな言葉を出す時が来るんだろうか。
でも学校だけの世界なんて、狭すぎるぜ。

『ねぇ…』

『何だ?』

『読書の邪魔させたね』

『気にするな、いつでも読めるよ』

『………』

『……?』

『何かあんたと居れば、気が楽だわ』

『どうして?』

『穏やかだから』

『マイペースが乱れる時だってあるよ』

『妹の友美とは喧嘩もしなさそう』

『穏やかな言葉を選んで喋るからね。だからトゲを感じにくいと思う。極力、標準語だし』

『…あんた、本当に細かい事まで考えるね』

『ああ、俺の脳は休む事を知らないらしい』

『神経質ね…、でも大分気が楽になったわ』

読書の時間が潰れたけど、まぁいいか。
人助けも悪くないし。


『………』

『………』

『一つ聞いていいか』

『何よ?』

『ホレた?』

『バカ!、何でそうなるのよ』

『椎名は優しさに弱そうだからね』

『いきなり過ぎるわ』

『いや、気にしないで』

椎名は性格柄、まず誰かに頼る事をせず、悩みを抱える方だ。

俺に打ち明けた行為は、心を許す相手と感じた。


『‥椎名』

『何よ?』

『…疲れてるな』

『そうね‥』

『疲れてる理由は、ホントに叩き癖だけか?』

『…、それだけよ』

『ホントに?』

『くどいわよ、宮川』

『椎名は気丈で弱気なとこを見せないからね。しっかり者でも、甘える相手は必要だよ』

『…私の場合、それが恋人よ』

『そうか、安心したよ』

『何が?』

『椎名はしっかり者だからね、誰かに甘える事を覚えないと、って思ってたんだ』

『…、私の望んでいた事が、まさかあんたに読まれてるとは…』

『………』

椎名だけじゃないさ。
俺も、話を聞いてもらったり、励ましを受けたり、弱気なところを見せたり、いつまでも強情を張れないさ。


『真剣に話を聞いてくれるところが嬉しかったよ』

『基本、会話は好きだからね』

『あ〜あ、大分気が晴れた。まさかあんたに励まされるとはね〜』

『また相談しに来いよ』

『うん』

俺は缶珈琲を取り出した。随分、話して喉がかわいた。


『飲む?』

『あ…、うん』

『飲食は気分転換になるよ』

『‥、細かすぎだって』

そのまま、椎名と話し込んだ。
これだけ自分から話すなんて、初めて見る気がする。
…‥