真柴氏と葵さんに見送られてホテルを後にした俺は、途中で会社に電話を入れた。
秘書室に直通の番号を押し、相手が出るのを待つ。
青く澄んだ空を見上げれば、陽の光が眩しくて目を細めた。
幸い、急を要する仕事はないとのことだったので、近くの浜辺へ行ってみることにした。
小波が砂浜に押し寄せる音が心地よく感じられる。
額に左手の甲をあて目を閉じれば、心臓の音と波の音が静かに体に響く。
浮かぶのは、空港で別れた時の美空の笑顔。
「美空...」
愛する女の名を呟けば...無意識に目尻から涙が一滴こぼれ落ちた。
うっすらと目を開け、薬指にはめられたリングを眺める。
そして、そのまま視線は横へと流れた。その先には駐車場に停められた、先日買い換えたばかりの新車があった。
美空との思い出がある車を手放すのは本意では無かったが、出かけた先で車を停めていた際に脇見運転の車が俺の車に衝突。無残な姿になってしまい廃車にするしかなかった。幸い、俺は車には乗っていなかったので無事だったが...。
しばらくして車に戻った俺は、そのまま来た道を引き返した。
このまま帰るつもりだった。でも、何だか、帰りたくなかった。
もう少し、この長閑な町にいたい、
そう思った。
何故、そう思ったのかは分からない。
久しぶりに落ち着いた時間を過ごしたせいかもしれない。
理由が何にせよ、このまま帰りたくないと、何かが俺にそう思わせた。
