ある夏の日。
俺は、取引先の社長と食事をしていた。
相手は父の長年の友人で、俺のことを子供の頃から可愛がってくれている人。
「大和君の社長ぶりも板についてきたな。お父さんも喜んでたよ。この間会った時も目尻を下げながら君の話をしていたしね」
と、笑いながら言われた。
「笑い事じゃないですよ。倒れた時に今にも死にそうだというから継ぐことを決心しましたが、今じゃ以前よりも健康なくらいで...毎日ゴルフや釣り三昧。来週からは母と世界一周旅行へ行くとか...そんなに元気なら俺が継ぐ必要はなかったんじゃないかと...ったく、あの狸親父...」
「まぁまぁ、そんなこと言いなさんな。君が継いでくれたからこそ、お父さんはあんなに元気になったんだから...」
俺の実家である海堂物産は、一応、一流企業と呼ばれる類いに含まれる。
父と母は、大学卒業と同時に父の会社に入って欲しかったようだが、俺は親に将来を決められるのが嫌で家を出た。
一族の中には優秀な従兄弟もいるし、別に俺が継がなくても何とでもなると思っていた。
結婚に関しても取引先の令嬢との見合いの話もあったが、当時俺には綾がいたから断り続けた。
綾と結婚すると言うと最初は反対していた父だが、最終的には俺の気持ちを優先してくれた。
その後も実家に顔を出す度に会社を継ぐ気は無いのかと執拗に聞く父だったが、JP フードで業績を上げた俺を笑顔で祝福してくれたのも父だった。
その後は適度な距離感で上手くやっていた。
父が倒れたのは、2年前。
今まで病気等したことのなかった父が倒れたことにショックを受けただけでなく、父の看病と心労で窶れた母を見るのも辛くて仕方なかった。
威厳のある父の姿しか見たことがなかった俺は、弱った父親の姿に胸が痛んだ。
死ぬかもしれない...と、弱音を漏らす父の背中が小さくて、会社の心配をする父に向かって「俺が継ぐから会社の心配はするな」と言った。
ああ、そうだ。確かに言ったさ。
ところが、だ。
その後、父は死ぬどころか、みるみるうちに回復。
一応、名ばかりの会長として社に在籍はしているものの、ほぼ趣味に勤しんでいる毎日。
当時は俺自身も色々と大変な時期で、毎日が必死だった。だが、周りの助けもあってここまで来た。
元気になった父を見る度に、こんなことなら親父が復帰すればいいのに...と常日頃から思う俺。
まあ、父と母が仲良く、元気でいてくれることが何よりなんだが。
父や母の笑顔が俺を安心させてくれる。
JPフードのことは気にならないと言ったら嘘になるが、今の仕事も嫌じゃない。
ただ、足りないのは...。
美空だけ。
