彼を案内してきた店員さんが障子を閉めて出ていき、彼が席へ着いた。
彼は、まだ私の方を見ていないから、私には気付いてないみたい。
動悸は激しくなる一方で、全身が強張る。
やっと、過去を忘れられたと思ったのに。
「すみません、遅くなりました。佐伯修一です」
軽く頭を下げて、私たちを見る彼と視線と私の視線が重なる。
「...遥...菜?」
彼も、まるで幽霊でも見たかのように驚いて私を見つめた。
「美空ちゃん、知り合い?」
その様子を見て、佐山さんが私に聞いた。
「え、あの...」
何て答えたらいいのか分からなくて、しどろもどろになる。
「私が働いている病院で、以前美空さんも働いていたんですよ」
すかさず、彼が言った。有無を言わせないような威圧的な目。
「え、えぇ...」
頬が引き攣るのを感じながら答える。
「そうなんですか?偶然ですね」
佐山さんもお義父様の宏一さんも驚いている。
彼が私の苗字ではなく名前を口走ったことは、宏一さんも佐山さんも何とも思ってないみたいで安心した。
それからは、修一さんも加わって仕事の話を交わす。
でも、私は修一さんとの再会に動揺し、何も考えられなかった。
高級な料理を味わう余裕もなくて。
まるで全身の感覚が麻痺したように何も感じない。
彼を目の前にして、過去が蘇る。
彼に殴られ、蹴られた痛みを思い出す。
そして、亡くした命のことも。
私の周りだけ時間が止まってしまったかように、静かな暗闇の中に一人取り残されたような錯覚に陥る。
何分ぐらい経ったのだろうか。
「それでは、私はお先に失礼しますよ。修一君、後は頼むよ」
宏一さんがそう言って立ち上がった。
「はい、お義父さん」
笑顔で宏一さんを見送る彼。
