抱きしめれば近いのに、まだまだ遠い彼女にやりきれない思いが募っていく―――……。


「ちょっと話あんだけど、いいかな」

「え―――」


 あ、という声を、入栄はすんでのところで呑み込んだ。

 けれど、動揺は露骨に顔に出た。

 ……油断していてまったく気配を感じなかった。

 勝手に宿敵と位置づけている男に思いきり間抜け面を晒してしまい、入栄は赤くなる顔を背けた。


 彼のすぐ後ろで、その人―――吉崎が思いを寄せる「和眞くん」が、入栄を見つめていたのである。

 和眞くんはそんな入栄の心情などまったく意に介す様子もなく、優しく微笑むと、


「移動しない?」


 と問いかけた。


 入栄は数回まばたきをし、教室に入っていく吉崎を確認したあとで、こくんと頷いた。


 正直なところ、ぱっとしない顔立ちだと思う。
 これなら俺の方がよっぽどイケてるくね? という感じだ。

 無造作な髪型。適度に着崩した制服。ひょろひょろした体格。

 身長だって俺より頭半分小さい。


 ―――ただ……。


 声だけは、勝ち目がない、と思った。

 男なのにすこしも骨っぽくない、線の丸いすっと整った和眞くんのアゴ。

 放たれる声はやらしさのない甘さで低すぎず、透明感があってよく響く。

 声だけで他の足りないものをすべて補えそうなくらい、和眞くんの声は男の俺が聞いても、実に魅力的だった。