俺と初めての恋愛をしよう

今日子の震える手を取って、後藤は強引に今日子を抱きしめた。
今日子の呼吸が小さくではあるが、激しくなっていくのが分かったのだ。このままでは発作が起きてしまうと、後藤は判断した。植草に報告してもらっていて良かったと、後藤は思っていた。そうじゃ無ければ、未然に防ぐことは出来なかっただろう。

「離して、離してください。間に合わなくなっちゃう……!」

今日子の焦りは尋常じゃない。大したことじゃないことも、今日子にとってはそうじゃない。後藤は、今日子の様子で、そのことを知る。

「林、落ち着いて。間に合うから大丈夫だ」

興奮する今日子の背中をさする。
ずっと優しくさすり続けると、今日子も呼吸が深くなりつつあり、落ち着きを取り戻す。
後藤は今日子を抱きしめながら、切なさが募った。
今日子が落ち着くのを待って、後藤はそっと今日子を離した。

「新人の頃に戻って、俺もやってみようかな」

後藤は、仕事中には見せない、優しい笑顔を今日子に向ける。

「部長……」

今日子が落ち着くのをみて、椅子に座らせて、後藤も隣に腰を降ろす。
ホチキス針を取り終えた書類を、ページを確認して整え直す。
今日子は隣で、後藤を見て、ホチキスを手に取る。
手の震えは止まり、針を順調に外していく。
一人が好きだった今日子は、後藤が隣にいることで安心できている。不思議な感覚を覚える。
黙々と黙って作業をしていくが、会話がないことも気にならない。
他人との接触は緊張をいつもしている今日子だが、後藤はその緊張が感じられない。
後藤に慣れたのか。とも思ったが、またそれも違う。

「お忙しいのに、ありがとうございます」
「さぼりに来ただけだ」

後藤は、今日子を気遣った。
視線を合わせない今日子だが、後藤をしっかりと見る。感受性も強く、人と関わらないようにしているが、周りの変化や、人の感情には敏感だ。後藤の目は、優しさに満ちていた。安心していく、それが、今日子が感じたことだった。
予定の会議にはちゃんと書類も間に合い、今日子は胸をなでおろす。
単純なミスを反省して、二度としないように言い聞かせた。