一方、後藤はデスクで、植草から今日子が帰ったとメールで報告を受けた。
 入社当初から、他人と交わることをせず、ただ黙々と仕事をしていた。大人しい性格なんだと思っていた。新入社員指導をしながら、細やかな気遣いを見せる今日子に惹かれていった。新入社員のなかでは、全く目立たず、際立って仕事も出来るわけではない。ただの地味な女だと思っていた。しかし、人と交わらないことが逆に後藤の気になるところになった。気が付けば、目は今日子を追っていた。
 朝は誰よりも早く出社し、デスクの拭き掃除、給湯室の準備もそうだ。ただ腑に落ちなかったのが、一番に出社していたにも関わらず、他の社員とまた出社をしていることだった。
 地味な見た目で、飛びぬた美人でもないが、人を気遣い、不快感を与えないことに好感がもてた。
家族は、趣味は、好き嫌いはと、何も話さない今日子のことが知りたくて仕方がない。その気持ちが止められない状態になった。
それが、「好きだ」ということだと分かるまで時間がかかった。
 ずっと今日子を見てきた後藤は、その笑顔がつくり笑いであることはすぐにわかった。その笑顔の下にある悲しみには気づかず、ただ、つくり笑いを本物の笑顔にしてあげたいと真剣に思うようになった。
 仕事以外の付き合いなど全くなく、食事に誘うのも躊躇していたころ海外支社転勤の辞令がでた。いっそのこと、連れて行きたかった。
引きはがされる気持ちというのはこういうものなのかと、身をもって体験する。
 旅立つときは、転勤期間を縮めて、帰ったら彼女を離しはしないと誓った。
 しかしそれも植草に止められてしまった。過呼吸の発作を抑えるために咄嗟にとった行動だったが、唇を重ねた。急を要する時であったにも関わらず、触れた唇の柔らかさに欲情が芽生えた。そのことを思い出し、燻る気持ちをどうすることもできないまま一日が終わった。