「どうだ?」

後藤は、診察室の外で連絡を受け待っていた。こんな時なのに、唇の感触が鮮明に思い出される。もちろん体調が一番の心配事だが、仕事中にふと集中力が切れると思い出してしまっていた。

「少し話しただけだけど、何故、強引なことをしたのよ。あなたもこうなるとは全く考えてもいない事だったと思うけど。悪いこと言わない、後藤君、あの子は諦めた方がいいわ」
「何故だ!」

そんな結果など聞きたくなかった。今日子が必要だ、気を張りつめて仕事をしている時間から、安らげる時間へと切り替えしが出来るのは、今日子がいるからなのだ。

「しっ!静かに。あなたが彼女に好意を持っているのは知っている。でも大切なものだから手放すことも必要なんじゃないの?それに、嬉しさのあまり急速に強引なことをしたんじゃない。林さん、あなたが無理に誘ったりして気持ちが付いて行かなかったと言っていたわよ? あんな大人しい素直な子に何故、無理強いしたの。それも対応しきれなくて発作を起こした可能性だってあるわ」

常勤している医師の植草は偶然にも、後藤と高校の同級生だった。結婚して子供がいるため、病院の医師ではなく融通の利くこの会社の非常勤医師となった。柴野とも交えて飲み会や、柴野の経営するレストランに行ったりして交流がある。その時に今日子のことを話題にしていた。
植草も柴野も、後藤が今日子に好意を持っていることは知っていた。
しかし、今日子の深い闇までは知らなかったようだ。

「どれくらい待ったと思っているんだ。やっと日本に帰ってあいつと会えたんだ。本社に戻れるとわかった時、あいつを自分のものにすると決めてきたんだ。もう待てない」
「わかってるわ。彼女が抱えている問題が分からなかった。それは仕方ないとして、彼女の発作の原因があなたにもあるとしたら?それでも諦めないつもり?」
「俺が?俺が原因?」
「あなたというより、男性、容姿端麗な人。それだけじゃないわ、他人全部ね。ちょっと大変なパターンよ彼女、メガネかけているでしょ?あれは伊達メガネよ。知っていた?」
「伊達メガネ?」
「自分の醜さをメガネと前髪で隠しているの。過去に相当辛いことがあったのね。この暑さなのに、首元まできっちりとブラウスのボタンをかけて、おまけに長袖、ズボンよ?おかしいわ」
「醜いって」
「自分で言っていたわ。醜いって。彼女は美しいわ。なのに、醜いと言うの。そのこともこれから、時間かけて話を聞くつもり。だから関わるのはやめなささい」
「時間って、どれくらいだ、一週間か、一か月か!」

待ちに待った想い人が手に入らない。まして、諦めろとまで言われてしまった。後藤は怒鳴ってしまう。

「さあ、明日に治るか、一生治らないかね」
「……!!」

見通せない言葉に仰ぎ見て深いため息がでる。

「俺は、……俺が治して見せる」
「ちょっと、お願い。焦らないで。私が逐一報告するから。わかった?」
「食事に誘ったり、昼を一緒にとったりもか?」
「できれば……」
「なんでだ、なんでそんな……。あいつをこんなにした原因はなんだ、こんな風にしてしまったやつは誰なんだ……」

強引なことをしても、今日子を手に入れたかった。それが、足元から崩れ落ちていくさまを見ているだけしか出来ないのか。悔しさに顔が歪む。
腕時計を見ると、3時を少し過ぎていた。