俺と初めての恋愛をしよう

 「何故、帰った」

 後藤はじりじりと私に詰め寄り、後ずさりして、柱にぶつかった。
後藤の表情は、険しい。

 「急用を思い出しまして。失礼をしてしまいました」

 深々と頭を下げた。時間的にも社員が出社してきてしまう頃だ。

 「すみません。これで失礼します」
 「待て。昨日の話の続きをしよう」

 今日子の両腕を、後藤のその長い腕ではさみ離れようとする今日子に自由を与えない。
 今日子の目線の高さに後藤が腰を折り、切れ長の憂いを帯びた視線が重なる。

 「もう就業時間になります」

今日子はそれに耐えられず、視線を逸らす。

 「俺はお前に会うために必死で脇目も振らずに帰ってきたんだ。お前のそのつくり笑いを本当の笑顔に変えたい。帰ってくるまで絶対にお前は一人でいると確信があった。だから、林、俺の傍に来い」

一体この男は何をいいだすのだろう。
 強引に迫りくる後藤に戸惑いを隠せなく、今日子は、後藤の綺麗な目に醜い自分が映っていると思うといたたまれなくなってきた。
 そして、昨日からの対処しきれない出来事と寝不足が重なりとうとう、全身に震えがおこり、痺れが走った。

 「!……やめて、やめて下さい。お願い、近づかないで……あ、あ、はあ、はあ、はっ、はっ、」

 呼吸が荒くなり、全身に痺れが走る。立っていることも出来なくなってきた。何年も発作が出ていなかった。過呼吸だ。足から崩れるように床にひざまずき、ビニールか、何かを探すように手を伸ばす。手が硬直してきた。どんどん呼吸が苦しくなっている。

 「どうした、林!息をしろ!」

今日子の苦しむ姿に、後藤は焦る。

「く、く……るし……はあ、はっ、はっ」

 今日子は、後藤に支えられ、抱きしめられると、唇をふさがれた。

 「ゆっくりと息をするんだ」

 また、唇をふさぐ。

 息をするのが少し楽になってきたが、目の前にいる後藤の顔がぼやけてきた。

 「はっ、はっ・・・はあ、はあ」
 「そうだ、ゆっくりと呼吸するんだ」

 優しい声が遠のき、今日子は気を失った。目を閉じた今日子の瞼からは、すっと涙が一筋こぼれた。その涙を見た後藤は、抱きしめずにはいられなかった。
 今日子が気が付いて目を明けると、ベッドの上に寝ていた。見渡すと、会社の医務室だということが分かった。