俺と初めての恋愛をしよう

今日子は何も言い返せなかった。
きっと、仕事でも使う交渉術を使ったのだろう。大体の想像はついた。
引越の日に、迷惑をかけたと謝らなければならないだろう。
食事を早々に済ませると、後藤は、仕事を書斎で処理していた。
残業が当たり前の日常なのに、定時で帰宅したのだ、仕事が処理しきれなかったのだろう。
後片付けをしながら、キッチンの窓から外を見る。自分の顔が窓ガラスに反射され、まじまじと見る。
疲れた顔をしている。彫りの深い顔が暗い影を作ってそう見える。
植草に、後藤に身を任せてみることだと、助言をうけた。
両親や妹くらいしか頼ってはこなかったし、異性とまともに会話をしたことすらない。
そんな自分が、急転直下、いきなりの告白に、同棲だ。日本中どこを探しても自分のような体験をしている女はいないだろう。
何度も自分に問いかけ、後藤と付き合ってみると決めたのに、心は揺らぐ。

「今日子? どうかしたのか?」

振り向くと、コーヒーカップを持った後藤が立っていた。

「あ、いえ、ごめんなさい。おかわりですか?」
「いや、片づけに来ただけだ。どうした? 様子がおかしいぞ」

後藤は、心配顔で今日子の額に手を当てる。
具合でも悪いのかと思っているようだ。

「いいえ、本当になんでもないんです」
「そうか? 疲れたか?」
「ええ、少し」
「片づけはいいから、風呂に入ってゆっくりしなさい」
「はい、これだけ拭いたら終わりですから、お先にお風呂にどうぞ」
「……ん、分かった」

コーヒーカップを今日子に渡す。今日子の様子がおかしいと感じつつも、しつこく聞くことを躊躇う。少しそっとしておくのがいいだろうと、後藤は思った。