俺と初めての恋愛をしよう

お辞儀をして足早にその場を立ち去る。明日からは休憩場所を違う所にかえなければ又、後藤と出くわしてしまう。折角の秘密の場所が無くなってしまった。
秘密の場所から去る時にも、背中に後藤の視線を感じた。
後藤が本社勤務になってから、今日子にとって、気が重い日が続く。海外勤務が終わり、戻ってくると知ったときは、お疲れさまでしたと、ねぎらう気持ちが多く、懐かしい気もしていたものだが、まさか、こんなことになるとは想像もしていなかったのだ。
誰も使用しない昼のトイレで歯を磨きながら、深くため息をついた。
その憂鬱は終わらなかった。終業間近になり後藤から、残業の申し出があった。いつもなら喜んでするところだが、こころなし気が重い。しかし、上司からの命令には背けない。

 「この見本の通りに資料を重ねて、閉じてくれないか。全部で30部だ」
「畏まりました」

後藤に指示を受け、資料を渡される。結構な量だった。後藤が就任してから他の人の残業も増えた。業績を上げるために本社に戻ってきたのだから辺り前だろう。この日も今日子以外の二人が残って仕事をしていたが一人、また一人と帰って行き、気が付けば後藤と二人だけになっていた。
部数は多くないが、資料の数が多くページ数もある。コピー機にへばりつき、大量のコピーをする。
(今どき、紙の資料なんて)
従順な今日子であっても、そんな言葉が出そうになる。
人気のないオフィスに、コピーの機械音が響く。コピー機はフル稼働だ。
資料の番号、ページを間違えないように開いているデスクに広げて、一人で流れ作業のように紙を一枚、一枚とって重ね、それを交互にまた重ねる。

全部の資料を重ねた山が出来たところで、ホッチキスで止めて行く。
後藤は、パソコンでずっと仕事をしている。
今日子は、夢中で作業をしているが、後藤の視線は、パソコンの画面を見ているふりをして、今日子を見ていた。
あと30分もあれば終わる。早く終わらせて帰ろう。それを思い、無我夢中で資料と格闘する。

「……終わった……」

積み上げた資料の山は、圧巻だった。
思わず、今日子は腕時計を見る。すると既に夜の9時になっていた。もっと時間が過ぎていたと思っていた今日子は、意外と早い時間に終わって、ほっとしている。

「後藤部長、お待たせいたしました。すべての資料をおつくりいたしました」

今日子は、後藤のデスクの前に行き報告をする。後藤はその報告で、デスクから、作業場に行き、資料に目を通す。

「ん、お疲れ」
「それではこれで、失礼します。お疲れ様でした」

 挨拶を済ませ、デスクに戻る。ホッとする間もなく、何か嫌な予感がして素早く帰り支度をする。疲れた、とにかく早く帰りたい。

 「林、少し待っていろ、俺も帰る。一緒に帰ろう」
 「え、いや、あの反対方向ですので、お先に失礼させていただきます」

嫌な感は当たる。後藤はやはり今日子に声をかけてきた。