オレンジ

転ぶ…!


そう思ったときにはもう、アスファルトに膝をしたたかに打ちつけていた。

「…ったぁ…」


何かに足をとられた気がした。
振り向くと、マンホールの蓋の小さな穴に、あたしのパンプスのヒールがしっかりと突き刺さっていた。

「ダサっ…」

両方のレギンスの膝が擦り切れて、血が滲んでいる。

ヒールを穴から引っこ抜いて、履き直すと踵にもヒリヒリした痛みを覚えた。
見ると見事な靴擦れ。
穴に擦れたヒールの先端はピンクのエナメルコーティングが剥がれ落ちて、中の黒い地肌が丸見えになっている。

「ダッサ…」

もう一回呟き、ぐしゃぐしゃに乱れた髪の毛をかきあげる。
はぁ、とため息をついたその時だった。


「…大丈夫?」

彼だ。
あたしの転ぶ気配を感じて、戻ってきてくれたのだろう。


「はい」

あたしが落としたまま放置していたバッグを差し出す彼は、申し訳なさそうに続ける。


「…ごめん。俺のせいだね」
「…………」


こんなダサい姿を見られたのが恥ずかしくて、しかも、こんなことになってしまうくらい必死に追いかけていたということも今更少し恥ずかしくなって、あたし
は何も言わずにバッグを受け取る。


「立てる?」


遠慮がちに差し出されたその手を無視して、あたしは彼の目を見た。

「うそつき」

彼も何も言わずに、あたしの目を見た。

「ストーカーなんて、嘘ですよね?『なんつって』とか、誤魔化したりして、一体なんなんですか?」