オレンジ


「…はい」

あたしが見上げると同時に、彼は続けた。

「俺と、デートしてよ」

ふっ、とまた、唇だけで笑う。



デジャヴ。

昨日のあの電話で聞いたのと、一言一句変わらない、全く同じ台詞。
あたしはこの言葉を、なんて不躾で、失礼で、癇に障る男なんだろうと思いながら聞いた気がする。
そして、苛立ちをそのまま隠すことなく、拒否の言葉と一緒に彼にぶつけた気がする。

「それは…」


全く同じ台詞。
なのに、今度はほんの少しの苛立ちも、嫌悪も、感じていないのはどうしてだろう。
電話じゃなく、直接面と向かって言われているから?
全く面識のない状態ではなくなったから?

あたしが語尾を濁していると、彼が膝を
曲げて少し屈みながら、あたしの顔を急
に覗きこんだ。

「迷うってことは、嫌じゃないってことだ?」
「…!」
「だって昨日は即答だった。無理だって」
「そうだけど…そうじゃなくて…ってい
うか、あたしの質問が先です!ちゃんと答えてください」
「俺が何したいか、って訊いたじゃん。だから、デートしたいって言ってんだけど、俺」
「そ…っ!それじゃあ、さっきの『ごめん』は?あれはなんなんですか?」
「ん?あれは…」


よいしょ、と小さく呟きながら、曲げて
いた膝を伸ばして、彼は立ち上がった。

そして、ふう、とため息を漏らす。


「ストーカーとかだったらどうしよう、
とか思わなかった?俺のこと」


咄嗟に返事ができずに、ただ彼を見つめているとその顔を見た彼は続けた。


「わかりやすっ」


閑散とした夜の商店街のアーケードの中に、ははっ、という彼の笑い声が響く。



「それね、当たり。俺、ストーカーだから。君の」