オレンジ

彼は、あたしをまっすぐに見据えた。
かと思うと、ふっとその目を逸らし、口を開いた。

「…ごめん」

…え…?


予想していなかった、言葉。

「何が…ですか?」


あたしが訊くと、俯いていたその顔をゆっくりと上げながら、彼は続ける。

「…じゃ、なくて。ごめんなさい」

再びぶつかった視線。
あたしは彼の視線を捉えながら、必死に思考を巡らせていた。

何に対する「ごめん」なのか。
でも、わからない。

たしかに、思い返してみればこのわずかな関わりの中でも、「ごめん」の理由になりそうな彼の言動は数多くあったけれど。
今目の前で、シュンと俯きながら謝る彼と、それらの言動をしていた彼のキャラクターがあまりに違いすぎていて、わからない。

「だから、何が…?」



「からかって、ごめん」とか?
「面白がって、ごめん」とか?


それとも、やっぱり、ストーカー?


脳内で、いくつもの可能性が、浮かんで
は消える。

少しずつ薄れて、もう殆ど消えかけていたはずの黒い疑惑が、またムクムクと心の奥の方から湧き始めて、あたしの彼を見る目線に力が入った。


「あー…あのさ。ほんと、ごめん。そんな睨まないでよ」

あたしはその目線を緩ませることなく、言った。

「ごめん、ばっかり言われてもわかんな
いです」
「そうだよな、うん。あー…」

また俯き、長めの襟足をくしゃっと掴む
と、彼はそのままわしゃわしゃと自分の髪の毛をかき回して、

「あーもう。マジだっせぇ…」


と、独り言のように呟いて、口元だけで笑う。

そして彼はまた、意を決したように、あたしを見た。




「シイナアヤノさん」