オレンジ

「聞きたいこととか、いっぱいあるだろうに、さ。何にも言わないんだなーと思って」

うっすらと微笑みを浮かべたその口元に、あたしはまた彼への警戒が少し溶け出すのを感じている。

彼が怪しい人物ではないことを実証するような根拠は、ここには何一つとしてないのに。


なのに…

信じてみたくなっているのだ、と
どこか冷静にあたしは思う。

ちっとも冷静なんかじゃないはずの頭で、あたしはどこかまったく別人の身に起きてる出来事を眺めているかのように、
そう思った。


「…あの、」

あたしが初めて口火を切ると、彼はちょっとだけ驚いたように目を見開いた。
くっきりとした二重に縁取られた切れ長の瞳が、少しまんまるになった。
あたしよりも年上な彼の表情にほんのちょっとあどけなさが混じる。


「うん?」

栗色、というよりもう少し明るめに染められた、パーマがかった前髪が風に揺れ
た。


「…あなた、いったい何がしたいんですか?」

明るい前髪から覗いたふたつの瞳が、あたしをまっすぐに見据えた。
あたしも負けじと見返す。


「だって…だって、わからないんです。意味がわからないんです。何もかも。携帯、返すの渋ってたり。電話ではすごい嫌な感じなのに、実際会ってみたら、なんていうか…なんか、そうでもなかったり、とか。ほんと、わかんないんです」