〈過去①〉


 平安の都、京。

まだ大規模な戦など起こってはいなかった、麗らかな春の日。

一人の少女が、彼の目にとまった。

「あの方はどなたですか?」

平氏の公達(キンダチ)である平重衡が、興味深そうに尋ねる。

「あれは大納言(ダイナゴン)藤原邦綱殿の娘、大納言佐殿(ダイナゴンノスケドノ)ですよ」

傍にいた藤原隆房(フジワラノタカフサ)が穏やかに答えた。

ここは天皇が住まう内裏(ダイリ)。

重衡は兄の知盛、親類である隆房と共に内裏を訪れていた。

「大納言佐殿…」

重衡はたまたま見かけた儚げな少女の横顔を眺めながら、通り過ぎていく彼女に名残惜しそうな溜息をついた。

「どうした?まさか、惚れたのか?」

からかうように知盛が言うと、年長者の隆房が楽しそうに微笑んだ。