「以前ここを通った時は、かようなことになろうとは…思ってもみなかった…」

澄んだ明石の夜空を見上げ、知盛の妻、治部卿局が輔子に話し掛けた。

「雅子様…」

重衡の兄である知盛は、壇ノ浦で命を絶った。

合戦で息子たちも亡くし、独り生き残った彼女は今、一体何を思っているのだろうか。



「いずこに…いずこに、行けば…」



雅子が小さな声で呟いた。

しかしそれ以上、続かなかった。

か細い声は寄せては引く波の音に掻き消され、夜の浦に溶けていった。