幸せまでの距離


マユミは自分のおなかをさすり、

「赤ちゃんができたの」

と、頬をゆるませた。

今井夫妻はようやく樋口の脅迫から逃 れ、自分達の幸せの在り方を見つけた。

堕胎した過去を受け止めながらも、再び 妊娠することで、マユミは前に進みたい と思っていた。

それが叶ったのは良いことだが、樋口に 妨害されたりはしないのだろうか。

メイは、少し心配になった。

「良かったじゃん。

でも、樋口のことは、大丈夫なの?

アイツ、放っておいたらまた何かしてく るんじゃない?」

平穏な毎日が訪れても、メイは、樋口の 悪行を忘れていなかった。

智弘は穏やかな顔で首を横に振り、言っ た。

「樋口とは縁を切った。もし何かあって も、もう、マユミや猫に手出しはさせな いよ。

……アイツは、俺やマユミの弱味をに ぎって執着することで、自分を支えてた んだと思う。

でも、そういう対象がなくなった今、他 人を傷つける気力すら残っていないん じゃないかな。

アイツが何を考えてるのか、全部は分か らないけど、純粋な人間でもあるから。 俺なんかよりも、ずっと……」

付け足すように、マユミが言った。

「樋口君のしたこと、私も全部は許せな い。けど、昔から、自分に厳しい人だっ たのも確かなの。

それが行き過ぎてしまったんだろう ね……。善悪の判断ができないまま行動 してしまってた。その厳しさで自分を追 い詰めてしまうばかりで、優しさを持つ 余裕がなかったんじゃないかな。

その気持ちはわかるの。私もそういう時 期があったから。

でもね、大丈夫。樋口君は、智弘という 存在を失って、自分のあやまちに気付い たと思う。

それに、生まれてくる命を消そうなん て、樋口君は、きっとしない。

だって、この子は私と智弘の子なんだも の」

マユミは、もう一度、いとおしむように お腹をなでた。

メイは、目の奥がツンと痛むのを感じ た。