幸せまでの距離


最初はトウマの夢を純粋に応援していたカナデ。


その世界の有名人に憧れて、自分もそうなりたいと願うのは誰にでもあること。

しかしトウマは、穂積翔子への憧れ以上の信念を持っていた。

「演技で人を感動させる舞台役者になりたい」と語るトウマは、淡々と日常を過ごしていたカナデにとって、初めて飲む炭酸飲料みたいに新鮮ではじけた存在に映った。

『本音を言うとバイトなんてしたくない。稽古に集中して、夢を叶えて、今まで俺の夢を馬鹿にしてきた奴らを見返したいんだ』

時に追い詰められてそう口走るトウマを励ますため、カナデは自分のこづかいをそっとトウマに差し出した。

何がなんでも、トウマに夢を叶えてほしくて。

トウマの夢は、もはやカナデの生きがいにもなっている。

『彼女にそんなことしてもらうわけにいかない!

そんな情けない男になりたくないから』

と、頑(かたく)なに金を受け取ろうとしなかったトウマも、夢が叶いそうにない虚しさを前にして以来、アッサリその思考を変えた。


トウマが最初にカナデから金を受け取ったのは、彼と同期入団した男性団員が、次回公演の主役に抜粋された日だった。

自分の心身にとって悪いことだと分かっていても、おいしい物や気持ちの良い習慣を辞めることが出来ない人がいる。

ザックリ分けると、トウマもそういう種類の人間だった。


トウマに会う日、カナデは必ずといっていいほど、財布を広げている。