カナデは震える両手を強くにぎりしめた。
彼女が現在交際中の池上トウマ(いけがみ·とうま)は、今年の誕生日で27歳を迎える。
彼は10代の時からすでに役者を目指して、日々頑張っていた。
文化祭で行うクラス発表の劇で必ず主役に指名されていたという喜ばしいエピソードの数々も、トウマの夢を膨らませるのに十分なことだった。
トウマは、カナデと出会った時にはすでに劇団事務所に所属していて、目立つ役は与えられずとも、いつか日の目を見れると信じて毎日演劇の稽古に励んでいた。
だが、トウマが25歳を迎える少し前から、夢見る彼への風当たりは厳しくなっていった。
彼の両親は『売れないなら辞めちまえ!』と就職活動を勧め始めたし、唯一トウマの夢を応援してくれていた友人達も、結婚や出世の機会に恵まれたことで、夢を追いかけて定職に就かないトウマを白い目で見るようになっていった。
『いい歳して、いつまでも叶わない夢を追いかけてんなよ……。
後輩すら就職してどんどんキャリア積んでるってのに、恥ずかしくないの?』
周囲の同世代に馬鹿にされはじめたトウマは、ますます意地になる。
27歳という年齢を言い訳に夢を諦めたくない、と。
世間では、20代はまだまだ若いと言われているんだ、と。
カナデがトウマと出会ったのは2年前。
当時トウマのアルバイト先だったスーパーに、カナデが客として足を運んだのが仲良くなったキッカケ。
学校から帰宅するなり親に買い出しを頼まれたカナデは、制服姿のまま店に行ったというのに、財布を忘れてしまった……。
そんなマンガのネタになりそうなハプニングが、客と店員の間柄でしかなかったトウマとカナデの距離を急速に縮めた。


