幸せまでの距離


樋口宅。

メイとリクが出ていった後。

今井は玄関扉の前に座って、樋口の帰り を待った。


夕方になると、仕事を終えた樋口が、作 業着姿でフラリと戻った。

彼は、死んだ魚のような目で今井を見下 ろす。

「……シェルは、もういないよ」

今井はゆっくり立ち上がり、樋口に言っ た。

「星崎さんが、友達と一緒にここまで付 き合ってくれた。

……俺も、もう逃げない。

マユミに全部話す」

「……今さら?

できるわけねぇよ。

卑怯で小心者のお前には、さ」

「だったら、見ててくれ。

これから、マユミをここに呼ぶ。

それが樋口の望みなんだろ?

シェルを殺したのだって、俺に過去と向 き合わせるため……。そうなんだろ!?


もう、マユミにウソはつかないから、 シェルの産んだ子猫達が見つかったら、 星崎さんに飼わせてあげてほし い……!」

樋口は面白そうに今井を見つめ、笑いを 含んだ声でうなずいた。

「わかった。いいだろ。

猫は星崎にやっていい」

「約束してくれよ!?」

「お前が、マユミに、ぜ、ん、ぶ、話す ことができたらな……!」

樋口は笑いをこらえるあまり肩を震わ せ、

「今年いちばんのショーが見られるな」


この瞬間、樋口は、今井夫妻が不幸にな ることを心底望んでいた。

かつて今井に抱いた信頼感や友情など、 現在の樋口には皆無なのだろう……。