幸せまでの距離


本当は、ここに存在することを赦(ゆ る)されたい。

最初から体験しなかったもののように、 綺麗さっぱり過去を忘れて生きてみた い。

でも、メイにとってそれは無理な話だっ た。

実の母に暴行さていた頃、その痛みで記 憶喪失になれないものかと願ってみた が、駄目だった。

「人間の体ってのは、思ったよりも頑丈 にできてるよね」

メイは遠い目をして言った。

「現実に絶望するたび、思うんだよ。

自分には生きてる価値なんてないって。

自分自身が自分を否定する。

他人なんてなおさら、こんな私を受け入 れてくれるわけない、ってね。


何か悪いことが起きると、全部私のせい なんじゃないかって気がして」

メイは、猫を抱きしめる腕に力を込め た。

「……この子達がウチに来る前。

いつ死にたくなっても大丈夫なように、 ミズキのパソコンかりて、調べたことが あるんだ。

……自殺の方法。

いろいろあったよ。

今すぐにでも試せそうな方法、成功した ら楽なんだろうなと思える情報が、いく つか出てきた。

でも、失敗談も多かった。

ビルの屋上から飛び降りたり、踏切から 電車に飛び込んだのに死ぬことが出来 ず、体の一部を切断したり半身麻痺に なった体で生きなきゃならなくなって、 そのうえ、自殺の影響で生じた損害賠償 を家族に払わせることになった人 間……。

確実に死ねるっていう情報を鵜呑(う の)みにして薬物自殺をはかった人間 が、死ねなくて、それどころか薬物のせ いで脳に障害を残したまま生きることに なったり。

苦しんだんだから、最後くらい楽に死に たい。

自殺したがる人はたいていそう考えるけ ど、老衰(ろうすい)以外に楽に死ねる 方法なんてないって、医者が実証してる んだって……。

自殺の巻きぞえをくって、死にたくない のに命を落としてしまう人もいる。


だったら、心すら強くいられるように、 生まれてきたかった。

でも、そんなのは不可能……」

精神的な強さは先天的に与えられるもの ではなく、後天的なもの。

過ごす環境と経験によって、左右され る。