幸せまでの距離


ミズキに“偽物の”白猫画像を送ること で、今井はまたもや、自分の身を守った のだった。

“一度でも逃げると逃げグセがつくっ て、本当なんだな……”

放っておくと、人はどんどん楽な方に流 される。

自分の身をもって痛感した。

“樋口、ごめん……。

マユミ、ごめん……。

星崎さん、ごめん……”

樋口の家を後にし、今井は薄暗い通りを おもむろに進んだ。

頬には涙が伝い、そのうち水色のシャツ にも濃いシミをつくった。

もう、何の感情からきた涙なのか、分か らない。

時々すれ違う人に凝視されても、今井は 泣くことをやめられなかった。


視界に入るマンションで、妻が今井の帰 りを待っている……。

夫が過去に犯した裏切りを知らず、シェ ルの子供と無邪気に遊んでいるだろう。

そんなマユミを想像したら、過去に別の 女性を抱いたなんて、とても言えやしな いと思った。

マユミに本当のことを言えば樋口の気は 済むだろうから、ミズキにシェルを預け ることが可能になるかもしれない。

しかし、今の幸せを崩す覚悟がなけれ ば、それは無理な話……。

卑怯なのは自覚しているけれど、過去の 裏切りを隠してでも、マユミと暮らして いきたい。

樋口にどれだけ罵倒(ばとう)されよう と、今井の気持ちは変わらなかった。

長年かけてマユミと共に乗り越えてきた 困難の日々を、ひとつの告白でリセット などしたくない。

“もう、自分を否定する生活に戻るのは 嫌だ……”

双方の両親から結婚を反対されてもマユ ミとの入籍を貫いたのは、自分の正しさ を証明したかったから。

今井は、今ここにある自分の人生が「間 違い」だと、認めるのがこわかった。

今、ここにいる自分を守ることで精一杯 だった。

樋口は、そんな今井のやり方を嫌い、憎 んでいる。

“でも、このままだと、樋口は星崎さん にまで危害を加えるかもしれない……!

他の子猫も、見つかったら売られてしま う……!”

マンションには帰らず、今井はひたすら 外をうろつき、朝が来るまで悩んだ。