――樋口はその瞬間を昨日のことのよう に思い出し、今井の胸を片手で突き飛ば した。
衝撃に驚いたシェルは、今井の腕の中で 小さく鳴いた。
「マユミとうまくいってなさそうだから 心配してアパートまで行ってみれば、お 前は他の女とヤッてた……。
信じられなかったな。
中絶費用を借りにきた時の涙はウソだっ たんだな。
マユミを幸せにするって誓いはどこに いったよ?
女が出てくるまで、思わずお前んちの玄 関を遠くから監視したわ」
「……まさか、樋口が心配してアパート まで来てくれるなんて、思わなかった」
今井は頬をゆるめるが、樋口は険しい表 情のままだ。
「あの時までは、お前を親友だと思って たよ。
『あの時までは』な」
マユミのことを抜きにして、樋口は今井 に気を許していた。
「昔から、知ってたよ。
みんな、裏で俺のことをバカにしてるっ て。
気付いてないとでも思ったか?」
「樋口……。そんなことは……」
樋口は片足を連続で床に叩きつけ、怒り をあらわにした。
「なんでだ? 悪いのは親だろ?
なのに何で、息子の俺まで白い目で見ら れなきゃならねんだよ、おかしいだろー が!
でも、お前だけは俺を、俺の親を、差別 しなかった。
なのに、お前はマユミを裏切った!
俺を苦しめたあいつらと同じなんだよ、 お前は……!
『自分さえ良ければいい』って、な あ!!」
「それは否定しない。
でも俺は、あの子のおかげで、マユミと のことを乗り越えられたんだ」
「どんな話で美化したってな、お前がし たことは『浮気』。
それ以上でも以下でもねえ。
マユミからしたら、裏切り行為なんだ よ。
俺にとってもな……。
お前は、俺の信用まで失くしたんだよ。
それを忘れるな」
「……なあ、樋口。
どうしたら許してくれる?」
これ以上シェルに危害を加えられたくな くて、今井は訊いた。
「簡単なことだ。
お前がマユミに、ありのままを話せばい いんだよ。
でも、出来ないだろ?
だったら、シェルのことには口出しさせ ねぇ」


