だが、ここで引いてしまっては“今ま で”と何も変わらない。
不幸な出来事を、これ以上続かせてはな らない。
どこかで断ち切らなければ……!
今井は両手に力を入れ、真剣なまなざし で樋口を見つめた。
「なんだよ、反抗的な目ェしやがって。
俺にそんな態度取れる立場か? お前」
樋口は面白そうに言った。
「相変わらずお前は、偽善者代表みたい な人間だよ。
今日も、俺とメシを食って満腹になりな がらも、家に帰ってから何事も無かった ようにマユミの手料理を食べて『おいし いおいしい』ってゴマするんだろ?」
「ごめん樋口……。ウソをついた。
本当は、シェルの様子を見に来たんだ」
樋口の挑発に乗らず、今井は冷静にそう 告げたが、心臓は壊れそうになってい た。
緊張と恐怖による嫌な汗が、額から、に ぎりしめた手のひらから、じわりと流れ 出る。
「シェルなら二階だ」
樋口は親猫の居場所を告げた。
『シェル』とは、樋口が名付けた親猫の 名前である。
「ありがとな。ちょっと、見てくる」
樋口の視線から逃れるように今井は二階 に向かおうとしたが、その肩を樋口は強 くつかんだ。
「さっきからソワソワして、何考えてん だ?
子猫なら、金と引き換えに譲ってやった だろ?
それ以上、何が気になるって言うんだ」
樋口の声が、今井の耳まで背中越しに聞 こえる。
樋口の表情は見えないが、今井は一瞬に して背筋が冷えるのを感じた。
こういうしゃべり方をする時の樋口は、 昔、虫や動物を殺していた時と同じ、喜 びの中に狂った情熱を交えた表情をして いるのだ。
分かりたくもないそのことを、今井は察 していた。
良くも悪くも、樋口とは長年の付き合い だから。


