幸せまでの距離


夕方、星崎家を後にした今井は、ミズキ に代わって親猫の無事を確かめるために 樋口の家に向かった。

ミズキと連絡先を交換したのは、親猫の 無事を証明するため。

“もう、樋口の言いなりにはならな い……!”

意志を強く持ち、彼は樋口の家にやって 来た。

周囲の家々になじむ、二階建ての一軒 家。

表向き、樋口は両親と同居していること になっているが、普段からこの家には樋 口しか居ない。

樋口の両親は仕事に明け暮れた末に両者 とも不倫に走り、家のことをかえりみな くなった。

今、両親がどこでどうしているのか…樋 口本人でさえ謎だそうだ。


樋口はいつも通り鍵をかけることなく、 作業着のまま居間で寝転びテレビを見て いた。

猫はおそらく、別の部屋にいるだろう。

「樋口、入るぞ」

玄関先で声をかけ、今井はホコリっぽい 廊下を早足で進んだ。

ミズキに、親猫が無事だと分かるような 画像を送りたい。

それが、せめてもの罪滅ぼしだと思っ た。


「ごめんな、くつろいでる時に。

メシ、食った?」

「ああ、お前か……」

今井が尋ねると、樋口はテレビから目を 離さず気のない返事をする。

お笑い番組の再放送が、二人の間に流れ る気まずい空気をさらにあからさまなも のにしている。

今井の片手には、途中のコンビニで買っ た弁当入りのビニール袋が下げられてい た。

「メシなんて、後でいい。

ていうか、お前はマユミと食えばいいだ ろ」

マユミとは、今井の妻の名前。

樋口の返事に、今井はどもりそうになる のを必死におさえ、

「たまにはいいじゃん、マユミ以外と 食っても」

ミズキと話した時とは違い、今井は砕け た口調で樋口に接した。

のっそり起き上がると、樋口は隣の部屋 のダイニングテーブルに置かれたコンビ ニ弁当に目をやり、

「そんなことで来たわけ?」

と、無感情な瞳で今井を見た。

何の思考も読み取れない、無機質な彼の 視線が、今井はこわかった。