幸せまでの距離


メイが学校を終え帰宅したのは、夜8時 近くだった。

イベントの準備が、予定より長引いてし まったのである。

玄関をくぐるなり、メイは早足で自室に 戻り、猫の様子を見に行った。

心配していた夜のエサは、すでにミズキ がやってくれていた。

自室に入ると、部屋の角で背中を丸めて 床に座るミズキの姿が目に飛び込んでく る。

「ごめんね、勝手に入って」

ミズキは、メイの部屋に入ったことを 謝ったが、メイは怒らなかった。

「エサあげてくれたんでしょ」

子猫用のエサをチロチロ食べている猫達 に目を向け、メイは学校の授業で疲れた 気分が癒やされるのを感じた。

こうしてペットを飼う日が来るなんて、 半年前の自分には想像できなかった。

動物になど興味がなかったし、飼いたい とすら思わなかった。

世話が面倒なだけで、『ペットを飼う』 なんて無意味な行為だとすら感じてい た。

それなのに不思議なもので、実際に育て てみると、猫への情は日毎に深くなって いくばかり。

まだ、名前すら付けていないけれど、絶 対に手放したくない存在だと思った。

それに、猫は素直でウソをつかない。

人を傷つけたり、裏切るような言動もし ない。

ただひたすら飼い主に甘え、寝食を繰り 返すのみ。

そんな猫だからこそ、メイは愛着を持っ たのかもしれない。

「猫は、人間と違うもんね」

無意識のうちにささやかれたメイの独り 言は、ミズキの心を悲しみに沈める。

“メイ……”


子猫が家に来てから、メイは一人で寝ら れるようになった。

学校でいがみ合っていたカナデとも仲良 くなり、自らすすんでバイト先を決めて きた。

このまま行けば笹原教授のカウンセリン グも必要ないんじゃないかと思えたし、 心の傷も回復の傾向にあるとミズキは 思っていたが、そんなに単純なものでは なかった。

メイの心に巣くった人間……特に男性へ の憎悪は、簡単に消えるものではない。

ミズキは、夕方訪れた今井のことをメイ にも報告するつもりだったが、このタイ ミングで言うのはダメな気がして、ため らった。

今井の訪問は喜ばしいものだったが、彼 の話したことは、メイにとって残酷過ぎ ると思えて――。