「無意識のうちに、樋口が変わることを 期待していたんです」
今井は言った。
「妻の気持ちを考えたら、あの猫を樋口 に譲るのは残酷なことだと分かっていま した。
でも、あんなに必死に猫を欲しがる樋口 を見ていたら、『今なら、彼は変われる かもしれない』って希望が見えたんで す。
樋口は、猫を見て言いました。
『そいつを飼ったら、思い切り可愛がれ る気がする』と」
昔、散々動物を痛めつけてきた樋口が、 穏やかな表情でそうつぶやいた時、今井 は彼が良心を覚えることに賭けたくなっ たそうだ。
「猫を譲ると決めた時も、すぐに不安が 消えたわけじゃありません。
大切に育てるよう、樋口にはしつこく念 を押しましたし、仕事がある日も、 しょっちゅう猫の様子を見に行きまし た。
樋口は、大切に育ててくれていました。
……いま思えば、それで安心したのが間 違いだったんです……」
樋口が猫を大切にしていたのは、最初の 頃だけ。
だんだん世話が面倒になったとグチをこ ぼすようになり、しまいには「金がかか るだけだから、今井に返す」と言い出し た。
猫は樋口になついていたから、途中で飼 い主を変えたら混乱してしまうだろう。
さすがに腹が立ち、今井は彼に怒鳴っ た。
「動物にも、意思があるんだ……!
最期まで、責任持って育てろよ!!」
だが、今井の正論を聞き入れるほど、樋 口は素直ではない。
「最近、アイツ妊娠してさ。
勝手に、出ていったよ」
樋口は、ゴミをゴミ収集場に捨てに行っ たと告げるような口ぶりでそう言った。
と、思ったら、どういうわけか、彼は、 出て行ったはずの猫を必死に探し始め た。
今井はその理由を、こう語る。
「『子猫は、里親ネットで高く売れるか ら』
樋口は嬉しそうに、そう報告してきまし た。
いま必死になって猫を探したり、何度も 星崎さんちに来るのは、そのせいに違い ありません。
樋口の最近の行動を本人から聞いて、怒 りを通り越し、言葉が出ませんでし た……」


