幸せまでの距離


「樋口にとっては、そうやってハエを殺 すことすら暇つぶしだったんでしょうけ ど……。

それに、そういう言動をすれば周りに慕 われるといつまでも勘違いしているよう で、バイトの仲間が彼に引いているのす ら、樋口本人は気付いてないようでし た」

そこでいったん言葉を切ると、今井は深 呼吸をし、過去を振り返って乱れる鼓動 を落ち着けようとした。

ためらうようにミズキを見ていたが、彼 は思い切って話した。

「樋口の行いでもっともひどかったの は、気に入らないクラスメイトのペット を殺して土に埋めたことです」

「え……!?」

ミズキは思わず声を漏らす。

「それも、小学生の頃の話です。

樋口のことを嫌っていた女子のうちの一 人が、耐えられなくなったのか、初めて 樋口に逆らい、文句を言ったんです。

数日後、樋口は施錠されていない窓から その子の家に忍び込み、その家で飼われ ていたハムスターを盗むと、殺して、校 庭の土に埋めました……。

そのことは、私しか知りません。

後に、樋口から聞かされて……。驚きを 超えて恐怖を感じました。

当時、そのことは学校でそれなりの騒ぎ になっていたし、ハムスターを盗まれた 家の人は警察を呼んだそうですが、子供 だったせいか樋口は全く怪しまれること はなく、捜査は何の収穫も得ないまま終 わってしまったそうです。

また、樋口は、子供ながらに頭を使って いて、足跡や指紋など、盗みの証拠を現 場に残さないようにしたと言ってまし た。

樋口に猫を欲しがられた時、私はそのこ とを思い出しました。

子供の頃の話だし…って、それまでは自 分をごまかして樋口と付き合ってきまし たけど、そんな簡単に人は変わりませ ん……。

私は『猫を殺す』と脅されて、やっと、 樋口のことを正面から警戒するようにな りました。

結婚するちょっと前、樋口に『お前は偽 善者の塊(かたまり)のような男だ な』って冗談ぽく言われたんですが、お そらく、それは樋口の本心だったんで しょう。

本当に、その通りですから……。

私は、樋口を避けたり悪く言っていた人 達より、質(たち)が悪い。

表面的に樋口と仲良くしつつ、樋口から 妻を守れてよかったと考えていたんです から……」


虫や動物相手だけでなく、樋口は陰で、 今井の妻にストーカーまがいな嫌がらせ もしていた。

もちろん、彼女に気付かれないように。