幸せまでの距離


「その夜はちょうど、私一人でした。

妻は、実家に帰ってたのでマンションに 居なかったんです。

……いま思えば、樋口はあえて、そのタ イミングでウチに来たんだと思いま す……」

今井は、樋口に白猫を譲った時のことを 話した。

「樋口は、小学生の頃から私の妻のこと が好きだったそうです……」

樋口と、今井と、今井の妻は、小学生か らの同級生だった。

「私と妻は、中学の頃、どちらかともな く両想いなのが分かって付き合い始めま した。

樋口も、当時は私達の交際を喜んでくれ ていましたし、結婚後、マンションで友 人を集めて食事会を開いた時も陽気に 祝ってくれていました。

でも、内心樋口は、彼女を奪った私をう らんでいたんです……。

『アイツをお前にやったんだから、猫く らいいいだろ?』

樋口はそう言って、執拗(しつよう)に 猫を欲しがりました。

でも、猫は妻と一緒に選んで飼うと決め たので、いくら樋口でも渡すわけにはい かないって、最初は断ってたんです。

そしたら『だったら、今すぐこの猫殺し てもいいぜ?』……樋口は言いました。

後々妻には泣かれましたが、殺されるく らいなら譲った方がマシと思って、私は 樋口に、あの猫を……」

今井がなぜ、そこまで樋口に怯えている のか、ミズキには分からなかった。

「猫欲しさの、単なる脅しじゃないんで すか?

室内で飼っていれば、樋口さんも簡単に は手出しできないんじゃ……」

「いえ、樋口の目は、本気でした……。

断ってたら、間違いなく猫はひどい目に あわされてました」

今井は言い切り、渋い顔をする。