幸せまでの距離


「そう言われましてもね……」

樋口は言い、思案顔になる。

終始反発的なメイと違い、低姿勢な菜月 を前にした彼は、威圧的な雰囲気を失く していった。

「少し、失礼しますね」

菜月はいったん立ち上がり、リビングに 置いてあった包みを持って玄関に戻る と、それを樋口に差し出した。

「これは、私達の気持ちです」

お中元やお歳暮のように、丁寧に包装さ れた値の張る贈り物。

今日、パート帰りに菜月がデパートで 買ったものである。

本当は、後日樋口に挨拶しに行く時に 持っていくはずだったものだ。

樋口はそれを受け取ると、

「猫はいないみたいですし、とりあえず 今日は帰ります」

菜月の対応に気を良くして帰っていっ た。

樋口が帰って早々、メイは渋い顔で、

「現金なヤツ」

と、帰宅した樋口に憎まれ口を叩いた が、ミズキは胸をなでおろし、

「これであきらめてくれるといいけ ど……」

と、樋口の執念深さを警戒した。

猫の命を贈り物と同等に考えてなどいな いし、あくまでそれは最低限の礼儀とし て、表面的に用意した物品に過ぎない。

樋口の神経を逆なでしてはいけない。

彼と会った瞬間、菜月はそう直感した。

「誰に対しても正直であれたら、どれだ けいいかしら。

本心を偽るのは、疲れるもの……。

何でも素直に話して和解するのが理想だ けど、人付き合いっていうのは、なかな か思うようにいかないものよね」

菜月は穏やかに言い、ミズキとメイの背 中を押して夕食の再開を促した。