幸せまでの距離


樋口とミズキの話し声は、ダイニングの シンクで皿を片付けていたメイの耳にも 聞こえていた。

これからバイトを始めるというのに、こ んなことを言っていてはいけないと分 かっていたが、メイはああいった来客の 対応が苦手なので、最初はミズキに任せ ておこうと思っていた。

しかし、所々聞こえる「猫」「逃げた」 「探している」という単語が気になった メイは、玄関からもっとも近いリビング に移動すると、ミズキ達二者の話に聞き 耳を立てた。

樋口は、訪問した時から変わらず張った 声で、

「よかったよかった!

これでやっと、アイツを連れ帰れます」

と、ミズキに笑って見せた。

ミズキは対応に困ったように苦笑いを し、樋口に尋ねる。

「その子は、樋口さんの家から逃げ出し たんですか?

首輪がなかったので、てっきり、捨てら れた猫だと思ってました……」

「ああ! そうですね。

まだ捨ててはいないんですが、まあ、そ のうち捨て猫になるかな?ってとこです ね。

首輪も、それで取ったんです」

口調は、接客に慣れた販売員のごとく丁 寧なのに、樋口のセリフは乱暴なものに 思え、ミズキはただならぬ気持ちになっ た。