幸せまでの距離


台所をかりて、カナデとメイが料理を作 り始めてからも、トウマの熱弁は続い た。

「翔子さんは、舞台の演劇だけじゃなく て、CMやテレビドラマの出演依頼も来 てたんだけど、舞台以外の仕事はしな かったんだ。

『私はアイドルじゃない。生の演技で、 一人でも多くのお客様を感動させた い』って言ってね。

宣伝のために、最低限しかメディアに顔 を出さない人ってことで、当時はかなり 有名だったんだよ。

普通、舞台女優として有名になったら、 もっともっと他の仕事がしたいって思っ て活動の幅を広げたがるものなんだけ ど、翔子さんの舞台に対する熱意は一途 でさ。

例えば、テレビドラマだと、セリフを間 違えても許される。

撮り直して、良い演技だけを残せるから ね。

でも、舞台は違う。

本番では、一切ミスが許されないから ね。

わざわざそんな舞台だけを選んで演技し てた翔子さんは、常に自分に厳しい人 だったんだろうなぁ……。

だからこそ、あの人は実力だけであそこ まで登りつめた。


翔子さんが引退した後、多くの舞台女優 が表に出てきたけど、俺は、翔子さんに 勝る人を知らない。

どんなに素晴らしい演技をする人でも、 翔子さんと比べると、皆、色あせて見え るっていうか。

数十年に1人の逸材(いつざい)だった んだよ、翔子さんは……」

引退してしまった翔子に、トウマは心底 ガッカリしているようだ。

始めは、トウマの話を右から左に聞き流 していたメイも、そんな過去話を聞いて しまうと、複雑な心持ちになる。