幸せまでの距離


「メイちゃん、体は平気?

つらくない?」

泣くという行為を忘れた乾いた心で自宅玄関を開けると、男がパソコン操作をやめてメイを出迎えてくれる。

翔子は外出中らしく、夜の帰宅になるそうだ。

男が明るく話しかけてもメイはいっこうに口を開かず自室に歩いてゆく。

男はメイの肩をつかんで引き止めると、彼女の目線と同じ高さになるようしゃがみ、そっと話しかける。

「学校で何かあったの?」

「……って言われた」

「ん、なに?」

「汚いって言われた!

女子に笑われたの!

私のせいじゃないのに!」

メイはそう口にしたのを皮切りに泣きわめいた。

風呂に入れなかったのは風邪のせいではなく翔子が怒るから。

誰一人としてそれを理解してくれない。

好き勝手に悪口を言い、笑い者にする同級生。

関心を持ってくれない理不尽な母親。

知らず知らずのうちにメイの中に蓄積されたストレスが爆発した瞬間だった。


男はメイを優しく抱きしめ、「メイちゃんは汚くなんかないよ。よしよし。つらかったね」と、皮脂で汚れたメイの髪を何度もなでた。

メイが泣きやむまでずっと……。