「今日、うちすき焼きだったんだよ。その日に姉ちゃんが家出すると思う!?」


くだらない理由だったが、梨衣子の事を考えるともっともだった。


たしかにあの梨衣子が大好物の日に帰らないとか、有り得ない……。


草太が下を向いて黙り込む。

こんな理由で納得してしまう自分が情けなかった。



「悪いですけど、俺には関係ありません。じゃ、明日早いんで」


やっと顔を上げると、草太は冷たく言い放ち、外へ出て行った。




外に出ると、午後10時の風が髪を揺らす。

すぐ左には、家族が自分を待っている家があるのに、足が進まなかった。



「どこに行ったんだよ……」


見上げると、心配な気持ちよりも黒い、夜空が広がっている。

消えそうなくらい小さな声で、そう呟いた。

そっと漏れた白い息が、不安とともに消えてしまえばいいのに。



あの夜と同じくらい、現実が苦しく思えた。