「鳥羽章さんのご紹介で参りました。本日からルームシェアをさせて頂く、やまね

「出ていってください」







―――――1ヶ月前。

あたしはお父さんに、ルームシェアしたいと言った。

小さい頃から、お父さんとお母さんの海外出張で、あたしは日本でひとりで暮らしてたんだけど。
一人でこの大きな家に住むのは、ちょっと危ない、らしい。

防犯対策はしっかりしてあるらしいけど、お父さんも娘を1人にしたくなかったみたいで、この申し入れはすぐに了承された。

『相手が決まったら連絡するよ』

それまでの辛抱だ、と言って。



そして、一週間前。


『ルームシェアの相手が見つかった。山猫ミコトさんって人でね。地元の大学に通っているそうだ』


やっと、ひとりぼっちの生活が終わる。
一緒にご飯、とまではいかなくても、挨拶や短い会話くらいは、できるかも。






…………そんな淡い希望と期待を持ってたのに。



「それは、……コスプレイヤーさんですか」

「いえ、自前で」

「冗談はやめてください。笑えません」

「冗談では……ないんですが」


目を細め、困ったように笑う目の前にいるこの人。
断りたい条件がいくつかあるんだけど。
まず第1に、男だってこと。
あたしってつくづく、運が悪い。


「じゃあその、それが本物なら、あなたは」

「はい?」


こてん、と首を傾げるその人。
あたしが大嫌いな動物に、凄く似ているというか。


「化け猫、とでも言うんですか」

「……ショックです。断じて違います」


目の前にいるこの男、猫を連想させるつり目……というか猫目で。
人間の耳がある位置に、黒い猫の耳が。
腰のあたりで揺れる尻尾が、ある。


「じゃあ、唯の猫ですか」

「…………それも、ちょっと? 違います」

「じゃあなんですか。あなた人間ですか?」


耳が下がった気がした。
落ち込んでるのかな。


「う…………人間、です。一応」


一応、という言葉に引っかかったけど、それ以上深く追求しないことにしておく。
聞けば聞くほど寒気がしそうな気がしたから。


「あたし、猫大っ嫌いなんです」

「聞いています」


釘を指す、というか、ルームシェアを反故にして欲しいという思いを込めて言ったのに、あっさり躱された。
ご両親から、と猫の人は事も無げに言うと、突然、紙を差し出した。


「契約書です。判は押してあります。どうぞ」

「あの、ここじゃなんですから……上がりますか」

「はい」

ぺこりとお辞儀をすると、段差があるせいか、あたしの顔の近くに耳が、くる。
内心、こっち来ないで、って状態。
猫の人は律儀に靴を揃えて、他人行儀にお邪魔しますと言った。






リビングに通すと、猫の人はあたしの向かい側に座った。
耳が、尻尾が、見える。
嫌がらせだったりする?
……ヒゲがないのが、せめてもの救いかもしれないけど。


「え…………っと、はじめまして。鳥羽琉那です」

「山猫ミコト、と申します」


できるだけ目線を下にして、猫の部分が目に入らないように気を使いながら言う。


「簡単に、間取りを説明します。1階はダイニングキッチン、リビング、応接室、和室が1部屋、洋室が2部屋です。2階は洋室が4部屋、和室が2部屋、書斎。各階にお風呂とトイレがあります」

「どの部屋を使われているんですか」

「あたしは、この奥から2番目の洋室ですけど」


そんなこと聞いて何になるんだろうと思いながら言うと、猫の人、山猫は顎に手を添えて考えているようだった。


「この奥の部屋を使わせて貰っても?」

「どうぞ。あと……あたし猫大嫌いなので」


大嫌いと言うと、山猫の耳と尻尾が下がる。
少なからずショックらしい。


「お風呂とトイレ、別の階を使いませんか? あたしが1階で、山猫……さんが2階とか」

「はい、構いません。……猫という単語も嫌いなら、下の名前で読んでください」


今、単語“も”って言ったよね。
嫌味のつもり?


「これから……とても不本意ですがよろしくお願いします」

「……実は、俺は“招き”猫なんです」


いきなり突拍子もなく、山猫……ミコトさんはそう言った。
というか招き猫って。
行き過ぎ妄想厨二病患者か。


「あなたの運気を上げましょう。その代わりに」

「上げなくてもいいけど」


ぼそっと呟くと、ミコトさんは怪しい笑みを浮かべて。


「運が悪いそうですね。ご両親から聞きました」

「~~~~っはいはい、どうせ運が悪いです」

「その代わり、俺の欲しいものをください」


欲しいもの?
それは、なんだろう。
“人間になりたい”の類じゃないことを祈るけど。


「欲しいものは……教えられません」

「抽象的過ぎます」

「まあ、分かるでしょうから。くれますか?」

「…………運、上がるんですよね」

「100%上がります」


胡散臭い霊能師や占い師に騙されてるような心境。
でも、ミコトさんの欲しいものを与えることを条件に運が上がるなら、それに越したことはない。



「……いいですよ」


ため息をついて頷けば、ミコトさんは口元だけで笑った。


「契約しましょう。これに触れて」


いつの間にか、某猫型ロボットの首についているようなものが、ミコトさんの首にもあった。
ちりん、と鈴が鳴る。
恐る恐る鈴に触れると、触れた方の手首――、右手首に、ミコトさんと同じものがついていた。
これはなにかのマジックだろうか。


「契約成立。これからよろしくお願いいたします、ご主人さま」

「……………………はあ」