湖阿がなすすべもなく、ただ男を睨むように見つめていると、男は欄干を軽々と飛び越え湖阿の前に対峙した。
男の目を真っ直ぐ見たことを後悔した。捕らえられて逸らそうとしても逸らせない。
逸らせたとしても、その後がこわい。
湖阿はそう考えたが、このままこうしているわけにはいかないと拳を強く握った。
こんなのは自分じゃないと言い聞かす。
学校で不良グループに絡まれた時だって湖阿は臆せずに立ち向かった。
今の状況だってその時とさほど変わらない。
違うと言えば、殺されるという恐怖が少し増したくらいだ。
湖阿は男を強くにらみながら後ろへ下がると、視線をずらした。
視線をずらした時、自分が満足に呼吸が出来ていなかったことに気付き、大きく酸素を吸ってから咳き込んだ。
「へぇ……なかなか根性あるみたいだ」
男はそう呟くと湖阿の額を軽く人差し指で突いた。
その途端に全身の力が抜け、湖阿は崩れ落ちるように座り込んだ。
男はしゃがむと湖阿の顎を持ち、上を向かせた。振り払おうと思っても力が出ない。
「……あんた誰?」
力がでない分、言葉で抵抗する。しかし、うまく言葉が出てこない。
「まずは救世主の名から教えてもらおうか?」
男は怪しげな笑みを浮かべながら顔を近付けた。
この世界は無駄に顔がいいのばっかり。湖阿はこの状況にも関わらず、そんなことを考えてしまった。
「湖阿。如月湖阿よ。……あんたは?」
なんとか声が震えないように言うと、男は湖阿の顎から手を離した。
「俺は虎猛遊真(こもうゆうま)」
「虎猛……?……虎!」
湖阿はそう叫ぶと反射的に逃げようとしたが、体が動かない。
「気付いたようだな。まだ言ってないのに……白虎族の長だと」
虎の字がつくのは白虎族の長の家系以外は居ないということを湖阿は聞いていた。
青龍族は龍、玄武は玄、朱雀は雀がそれぞれついていることも。
「逃げたいか?逃げたいだろう?」
なぜこんなところにいるのだろうかという、考えたって分かりそうに無いことばかりが頭の中をループする。
「さぁ、湖阿……この状況をどうする?」
愉快そうに笑う遊真の表情は少し幼く見えた。

