勢いよく言った湖阿だが、鷹宗の腰にさした刀を見ると少し後ろに下がり、半身を志瑯の後に隠した。
 端から見ると間抜けな光景だが、湖阿としては必死だった。

「志瑯様、そこをお退きください!」

 志瑯が湖阿を見ると、湖阿は微かに首を横に振っていた。

「おい!」
「何よ、ハゲ!」
「何だと!」

 禿げてなどいないのだが、禿げと言われると誰でも腹が立つ。そして、鷹宗には何か心辺りがあるらしい。
 睨み合う湖阿と鷹宗の間にいる志瑯が可哀相になってきた陸丞は、脳天気に茶を飲んでいる咲蘭の隣から離れた。

「鷹宗、あなたのお父上が来ますよ」
「く、来るわけないだろ!」

 鷹宗が吠えた数秒後に、廊下をうるさいほど音を立てて歩く足音が聞こえて来た。

「来たな」

 咲蓮がどこか可笑しそうに微かに笑いながら言うと、鷹宗の時よりも勢いよく襖が開いた。あまりの勢いに、外れそうだ。
 入って来たのは、筋骨隆々で髭を生やした四十五前後の武人だった。

「蒼瀧隊長、おはようございます」

 咲蘭が湯飲みを置き、丁寧に頭を下げて言うと、蒼瀧隊長と呼ばれたその男は豪快に笑った。

「親父!」
「おお、鷹宗。頭は今日も無事か?」

 どうやら鷹宗の父親らしい。確かに、二人は少し似ている。
 しかし、湖阿はそれよりも蒼瀧隊長の言葉が気になって仕方がなかった。

「頭が無事か、って何?」

 湖阿が呟くように言うと、蒼瀧隊長が湖阿を見た。それ同時に鷹宗が湖阿を睨んだが、気にしない。

「もしかして、救世主殿かな?」

 そう言いながら近付いてくるその迫力に気圧されながら頷くと、蒼瀧隊長は人当たりの良い笑みをみせた。

「あ、如月湖阿です」
「わしは蒼龍隊隊長の蒼瀧鷹也(あおたきたかなり)だ」

 湖阿はよろしくお願いします!と元気よく言うと、頭を下げた。
 青龍族が治めていた国には七ツの部隊があり、鷹也の蒼龍隊は戦の時は先陣をきって突撃する特攻隊だ。ちなみに、鷹宗は近衛隊の青龍隊だ。

「ところで……頭が無事か?って何ですか?」

 湖阿には気になって仕方がなかった。頭とはどの頭だろうか、と。

「親父!」

 鷹宗が言うな。という表情で鷹也を見たが、気付かないふりをしている。

「禿は隔世遺伝だとよく聞かぬか?」
「聞いたことあるかも」
「わしの父、鷹宗の祖父はな……頭が寂しかったんだ」

 鷹宗は無意識の内に頭を隠した。
 聞いた直ぐには言葉の意味を理解できなかったが、直ぐに理解した。