「利久さん、貴方は後継者なのですから一刻も早く結婚なさったほうが身のためですよ。ですからね、貴方に良いお見合い相手を持ってきましたの」
ああ、またこの話しか。と、僕はうんざりしていた。
「叔母さん、何度も仰りますが私はもう美冬以外、誰とも結婚などする気は全くありません。」
そう、僕が言うと、叔母は顔を曇らせた。納得のいかない顔で「もう死んでしまった妻をいつまでも想っていたって貴方が辛いだけですよ。だから、ね?お受けしましょうよ、貴方に幸せになってほしいのよ、わたくしは...」
「すみません、叔母さん、今日は美冬の命日で墓に花を供えなければならないので失礼します。」
叔母を横目に僕は家を出て車に乗り込み、美冬が眠っている墓へと向かった。
彼女の墓へ着いて僕は、彼女が好きだった、山茶花、柊、八手の花、石蕗を供えた。
「美冬...僕はまだ君がいなくなった寂しさから抜け出せない。叔母にも再婚を薦められたがどうも気が乗らない。僕は一体どうすればいいのかな...」
彼女の墓に話しかけても答えてはくれない。そんなことわかっている。でも、彼女がそこにいる気がして、僕は彼女の墓に話しかけることを止めなかった。
空から初時雨が降ってきた。今年初めて降る時雨。美冬と初めて会った日のようにきれいな雨。
「さて、そろそろ戻ろうかな、君に天国へ行ってまで心配かけたくないからね...」
そう言って僕は車に戻ろうと踵を返した。そのとき、ふっと懐かしい香りがした。懐かしい、もう昔に何度も嗅いだ、彼女の...香りがした。次の瞬間、背中に微かな温かさが伝わった。
『利久さま...』
「美冬...?」
『利久さま、私はもう大丈夫ですよ...だから、もう悲しまないで前を向いて生きて...』
この匂い、この声、この優しい温かさ...それは紛れもなく、美冬だった。
「美冬...!美冬っ...!」
会いたかった、ずっと、会いたかった。
『利久さま...私ね、貴方にはずっと前を向いて生きてほしいの...貴方が悲しむ姿を見るのは辛い...』
「美冬...っ、悪かった、君に死んでまで迷惑をかけてしまったね」
『いいえ、いいの、利久さま、さあ、行って』
「ああ...っ、ありがとう、ごめんね...」
僕がそう言うと、彼女は微笑んだ。
いつものようなきれいな笑顔で。
去り際に彼女が、
『ねぇ、利久さま、私貴方のこと幸せにすることができたかしら?』
そう聞いてきた。
もちろん僕は、
「ああ、もちろんだよ。君といれて幸せだった、愛してる、美冬。」
君がいたから僕は君を騙した罪悪感、君を失った虚無感。知ることができた。
だからこそ今の僕がいるのだと思うから。今なら、君の言うとおりに前を向いて生きていける気がする。
君がいたから。...ー