フェルさんは私を見た後、そらすように町の方を見た。ここからの景色を見たことのある人は町にどれくらいいるのだろうか?目的無く町に出る人はあまりいないからそんなに居ない気がする。

「フェルさんも好きですか?」

 私が問うと、フェルさんは町の方をみたままで頷いた。

「一番好きなのは春のこの丘だ」
「春?……春になると紫に染まりますよね、この丘」

 遠くからしか見たことないけど、私も春のこの場所が好きだ。

「ああ、春にはあたり一面にアネモネの花が咲く」

 アネモネ……初めて名前を聞いた。あの遠くからしか見たことがない紫の花はアネモネって言うのか……。あまり町の外に出たことがないし、花についても詳しくないから全然知らなかった。

「春になったら来てみるといい」
「そうします。春が楽しみです」

 今は初夏で春までまだまだだけど、春に見に来ることを思ったらわくわくした。一年なんてすぐだ。ただ忙しくて変わらない毎日を送るだけなんだから。

 私とフェルさんは何を話すわけでもなく、一時間ほど一緒に座って景色を見ていた。なんだろう、懐かしいような……。そう思ったけど、なんで懐かしく感じるのかはわからない。

「あ、もうそろそろ帰らなきゃ」

 宿屋の手伝いをしないといけないからずっとここにいるわけにはいかない。エマさんたちはもっとゆっくりしてきてもいいって言うけど、落ち着かない。

「じゃあ、色々お話ありがとうございました。ふぃおれちゃんもバイバイ」

 フェルさんの膝の上で寝ているフィオレちゃんに手を振ると、私はフェルさんに背を向けて歩き始めた。が、腕を掴まれて足を止めた。振り向くと、フェルさんが後ろに立っていた。

「フェルさん……どうしたんですか?」
「……魔物は出ないといっても、人はいるから気を付けて帰ってくれ」

 私が返事をして頷くと、フェルさんは手を放した。急に腕を掴まれたからびっくりした……。心配してくれたんだ……。

「ありがとうございます、フェルさん」

 私はフェルさんに向かって微笑むと、走って丘を下った。フェルさんとはもう会わないかもしれないけど、何となくまた会えたらいいな、と思いながら。