舞踏会から帰った私は、エマさんとディルクさんが驚いているのを尻目に宿屋の手伝いを始めた。勿論私服に着替えて化粧も落とした。もう、私の魔法は解けた。現実に戻る。
 
 今日のお客さんのメインは舞踏会に参加している若者だから、宿屋には数人しかお客さんはいない。私はエマさんの所で明日の料理の仕込みを手伝うことにした。夜間には酒場になるけど、ディルクさんに本当に忙しいとき以外は来なくていいって言われているし。

 エマさんは舞踏会について何も聞いてこない。私の様子がちょっと違うから気を使っているのだろう。

 私は首を振ると作業に専念することにした。もう終わったことなんだから忘れよう。

 ……忘れようと思ってもあの人の顔が頭にちらつく。ちょっと気持ちがふわふわしていてあんな美形な人に出会ったからだ。身分の高い人だろうし、もう出会うことは無いんだから忘れよう。
 それにしても……どこかで見たことがある顔だった。どこの誰かは分からないけど……なんだろ?誰かにも似ているような……。

「花楓、もう休んでいいわよ」

 エマさんの言葉にふと我に返ると、もう零時を過ぎていた。まだ若者の大半は舞踏会会場にいるのだろう。

「え、まだ大丈夫」
「明日は学校あるんでしょ?」
 
 私はエマさんの言葉にうなずいたが、正直行かなくてもいい気がしていた。舞踏会の次の日は半分以上の生徒が学校を休む。当然、授業にならず自習をしている。次の日を休日にすればいいのにといつも思っていた。

 まあ、ルチアは必ず登校するから行った方がいいか。

「じゃあ、そうするね。おやすみなさい、エマさんにディルクさん」

 私は二人に言うと、自室に戻った。