樹海を泳ぐイルカ

「おはよう、彼方」

「おはよう」

朝食のとき母さんはいつも通りの笑顔をまとっていたが、それはどこかぎこちなくて危なっかしい笑顔だった。


母さんは演技が下手くそすぎる。


笑顔が優しすぎるんだ。

そこはもっとナチュラルに。

神経を集中させるんだ。
気を抜くな。


僕は心のなかで母さんに映画監督ぶった演技指導をしていた。


その日の朝食は僕のフォローでなりたっていた。


いや、きっと毎日が僕のフォローでなりたっている。


僕と母さんの関係は薄っぺらいガラス一枚で

どちらかが拳を一発ぶちこむと、いつでも簡単に粉々に砕かれる。


そう、いつだって。


「―――彼方もそう思わない？」

「うん、そうだね」


僕は母さんの他愛のない話に相づちをうちながらそんなことばかりを考えていた。